……7月26日(火) 16:30 一日目:ホテル赤羽
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一〇章 未知なる土地に辿り着き、なんだかやたらと緊張している。
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部屋を出たところでロビーと反対の方、廊下の奥に女の子の気配を感じた。
背が高くないからぞっちゃんではない。ということは……。
「ハルカちゃ……じゃない!? すいません、人違いでした」
振り向きがてら声をかけたら、ハルカちゃんでもなかった。髪の毛だっておかっぱ気味のショートヘア、黒髪であって銀髪じゃない。
しかし意外な事に、その相手は私のことを知っていた。
「あっ! 佐々也ちゃんだよね?」
「はい。私は佐々也だけど……」
女の子。背格好は私と同じぐらい。体つきや顔つきの幼さを見ると、年の頃は私より少し年下、中学生ぐらいだろうか?
知り合いではない。
力強い目つきが印象的な顔立ちで、年頃に比べるとかなり険の目立つ部分はあるけど、近い将来きっと美人になるんだろうという雰囲気である。知り合いだったら忘れる気のしないタイプの子だ。改めて見てもやはり知らない。
なにより、こんなところに知り合いが居るわけない。
「あの、どちら様ですか?」
「あっそっか。私はやちよ。番組の手伝いでガイドをしに来たんだけど」
「ガイドさん? じゃあ、よれひーさんか誰かスタッフが事情を知ってるのかな? まぁいいか。これからロビーでみんなに会うから一緒に行こうか?」
「うん。そうする」
フロアの移動があるけど、そう長くない距離を並んで歩く。
ここは年上らしくなにか話しかけたほうがいいのかという気もするけど、知らない人相手にそこまで気を使うべきなのかどうか、そもそもほんとに私が年上かどうかもわからないんだよな。
聞くか?
いや、急に年齢だけ聞くのも変な話だしなぁ……。
「こうして会ってみると、佐々也ちゃんって普段は特に面白いわけじゃないんだね」
私がもたもたしていたらこんなことを言われてしまった。おいなんだよずいぶんな言い種だな。なんでいきなり残念がられなきゃいけないんだ。
「……私のこと知ってるの?」
さっき名前も呼ばれたし、知ってるのは間違いないんだろうけど。
「うん。ストリームの番組で見たよ。昨日の夕方のよれひーのやつ」
「あ、そうか。もう見れるんだ」
昨日の夜に確認をしたから知ってたはずなんだけど、まだ録画してるからなんとなく全部収録中のような気がしていた。けど勘違いだ。そりゃあそうだ。
しかし元からの知人じゃない人が自分のことを知っているという状況は初めてだ。人気のあるストリームに出るとこいうことがあるのか。有名人というのはどういう気持なのか考えてみたこともあるけど、そうか、こういう感じか……。
「……たしかに番組だとだいぶ面白い人みたいだったもんね……。でも、普段の私は別に面白くないし、普通だよ」
「……普通、かなあ?」
私の受け答えに、やちよちゃんが首を傾げる。
なんだよ、またこの感じかよ。
なんで私がこうも変人扱いを受けないといけないんだ。
やちよちゃんはなぜか、私の周辺の空間を手でかき回すうような動きをする。
なんだこの動きは。私の周りになにか有るのか。なにも無いだろ。
「私は普通だよ。普通普通」
「佐々也ちゃんの性格って、普段と番組とで、やっぱり違うの?」
「違うよ。私だけじゃなくて、みんな違うよ。ぞっちゃんとか賑やかだけど気ぃ使いですごくいい奴だし」
「ぞっちゃん? ぞみーちゃんのこと?」
「ぞみーちゃん? 『ぞっちゃん』か『みーちゃん』だと思うけど……」
「コメントではみんな『ぞみーちゃん』って言ってたよ」
「コメントかぁ。見てないからなぁ……」
こういう感じに、有名人みたいなことになると、自分たちのことを知らないうちに噂されて知らないあだ名が付いたりするんだね。いや……知らないうちにあだ名がついてることっていうのは別に有名人じゃなくても有ることか。そういうことが『よくある』とかみたいな、頻度の問題なのかも。
しかし、ぞみーちゃんか……。
ぞっちゃんから更にゾンビへの階段をもう一段登った感はあるけど、オンリーワンだろうと思えばなかなかいいあだ名ではないかという気もする。欠点があるとすれば、あまりにもゾンビっぽいところだが。
「でも、なんでぞみーちゃんなの?」
「なんでって……、佐々也ちゃんがそう呼んでるからだよ」




