……7月26日(火) 15:30 一日目 :赤羽路上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一〇章 未知なる土地に辿り着き、なんだかやたらと緊張している。
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「じゃあ、さーちゃんも私とにらめっこしよ」
ぞっちゃんは自分が映る時間が欲しいんだろうなぁ、と思うとなかなか逆らいにくい。企画趣旨的にも主役はぞっちゃんで、私達は付添いみたいなもんだし。ぞっちゃんはそこで恩に着せてきたりすことのない子だけど、こっちは借りがあるとは感じている。
そのぞっちゃんはすっと私の手を引いて、手近な壁に私の背をつけさせた。
なにするんだろと思ったら、私の頭の横の壁に片手をついてからカメラの方に顔を向けた。
「これぐらいの角度で大丈夫ですか?」
「もうちょっと待ってください、カメラ移動しますから」
ぞっちゃんと私は、だいたい頭の三分の一ぐらいの身長差があるから、こう覆いかぶさられるような姿勢になるとかなり圧が強い。しかもぞっちゃんは胸囲のボリュームがある方の人なので、距離が近いと更に圧が強まる感じではある。
「はい。カメラ、オッケーです!」
「ありがとうございます。……佐々也、す……」
「ぶっ!」
「……きだよ。ちょっとさーちゃん! 笑うの早くない?」
ぞっちゃんがお礼を言って、私に向き直って近い距離で見つめられて名前を呼ばれた瞬間に吹き出してしまった。三秒も保たなかった。
私は吹き出す瞬間に片手で口を覆って、ぞっちゃんの顔から距離を取るためにしゃがみ込んだ。
「だって! 面白くて!」
「なにが!? 私の顔?」
「……うん」
「!!」
私の答えで、ぞっちゃんの顔に驚きが走る。
「ちょちょちょ、待ってさーちゃん、ちょっと待って。顔? 顔が面白い? 吹き出すほど? 私これでもみーちゃんは可愛いねって、お母さんからいつも褒めてもらってるんだよ?」
「親の欲目という言葉もあるし、ぞ……みーちゃんのお母さんが言ってる『可愛い』は顔立ちのこととは限らないんじゃないかな……」
「マジか……。私、人生設計やり直さないといけないかもしれない……」
これは顔の良さに自信がある人の発言。
とはいえ発言内容は深刻だ。
心情まで深刻かどうかは知らんけど、ここはなだめておかないと。
「えっ、そこまで!? いやいや、早まらないで。ぞっ……みーちゃんは顔も可愛いよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。可愛いよ!」
「もっと言って」
「みーちゃん可愛い!」
ここで少し溜めて。
「いやー。元気出てきた。なんか悪いねさーちゃん、言わせちゃったみたいで」
「ほんとにね……」
「あれっ? そうだ! さーちゃんあとでお菓子買ってあげるね。じゃあ、もう一回やり直そうか」
「あっ。はい……」
「じゃあ……。みーちゃん可愛い?」
「可愛いよっ」
「もっと言って」
「みーちゃん可愛い!」
「いやー。元気出てきた。なんか悪いね佐々也チャン、繰り返し付き合わせちゃって」
「ほん……。イエイエ、ソンナコトナイデスヨ。オキヅカイナク」
「……」
ぞっちゃんがすっと真顔になって少しの間。あれ、これはまた気に食わなかったかな?
そんなことを思ってたら、またにこっとカメラに笑いかけた。
カメラ目線にしながら、ちょっと小声で私に問いかける。
「さーちゃんお菓子なにがいい?」
「えっ……。それはお店で選ばせてほしい」
「それもそうだね」
と、ひとくさり終えたところで、スタッフさんからなんとなく拍手が起こった。私はそのことにぎょっとしてしまい、そちらを見つめ返す。なんの拍手かわからなかったからだ。
ぞっちゃんは「ありがとうございます」とか、その拍手に愛嬌を振りまいている。「みーちゃん可愛いー」とかいう掛け声まで入った。「え? ほんとに? もっと言って」「みーちゃん可愛いー」「ありがとう。元気出る」と、何かわからないやり取りまでしている。
ああ、ぞっちゃんの様子を見ると今のコントの拍手だったのかな? そう思い当たったので、私もいちおうぞっちゃんと同じ方を向いて首だけで軽く会釈をする。
「いやぁ、さすがレザミオちゃん。今のやつ面白かったです」
「ありがとうございます」
よれひーさんの言葉に、ぞっちゃんがしれっとお礼を言っている。
「レザミオちゃんって、私達?」
「それはそうだと思う。最初の四文字だし」
私の驚きにハルカちゃんが答えてくれる。
そりゃまぁ言われたら分かるよ、そりゃあそうだ。




