……7月26日(火) 15:30 一日目 :赤羽路上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一〇章 未知なる土地に辿り着き、なんだかやたらと緊張している。
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「え? ほんとに? じゃあ、私も触っていい?」
「それはやめて」
そらそうだよな。ぞっちゃんが触ったら感触が人間じゃないのもバレちゃうし。
「佐々也ちゃんもいつまでも中腰で居ないで早く立って」
「あっ、はい」
ハルカちゃんに促されて、足元の立ち位置を整える。
そうすると、ハルカちゃんに掛けていた手も自然に外れる。
気がつくとカメラがこっちを向いている。そうだった。撮影中だ。
「お騒がせしました。その……、私、よく転ぶんです」
ははははは、というスタッフさんの笑い声。
面白いだろうか? まぁよく転ぶ人のことは面白いか。普通の人はあんまり転ばないもんな。
「いやー、大丈夫でしたか?」
「はい。ハルカちゃんのおかげで怪我もなく。えへへ、みっともないところをお見せしてしまって」
「いやいや、美少女同士が見つめ合う姿、なかなか画面映えしそうでよかったです」
「美少女? それなら、ぞっちゃんとハルカちゃんが見つめ合うようになにか小細工しましょうか?」
「あーいや、小細工とかそういうのはいいんです。野に咲く花を偶然見つけて愛でるというか、そういう風情が隠し味になるという話で、そっちを主菜にするわけではないですから」
「はあ……?」
わかったようなわからんような話だ。
「えーっ! そうなんですか? これじゃ駄目ですか?」
ぞっちゃんの大きな声につられてそちらを向くと、ぞっちゃんがハルカちゃんの両手を両手で握って、向かい合って立つ姿勢になっている。「ハルカちゃん、こっち向いて」と言いながら、ぞっちゃんがハルカちゃんの方を見つめる。ハルカちゃんも、ぞっちゃんに言われた通りそちらに視線を向ける。
私と同じぐらいだから比較的背の低いハルカちゃんに比べて、ぞっちゃんはけっこう大柄なので、見おろすような姿勢で見つめ合っている。私はともかく、この二人ならどちらも隠れない美少女だ。
「あっ、これはありがとうございます。じゃあ、あと三十秒ぐらい撮ったら、そこまでにしましょう。お楽しみのNG集とかに使えそうなんで」
「え……NG集ですか〜?」
おどけた調子でそう言いながら、ぞっちゃんは真顔を維持している。
ハルカちゃんはキャラに合わせて鉄面皮というか、表情をあまり感じない。
「よし。じゃあ、ぞっちゃんはだんだん近づいて、最後にちゅーしようか」
「えっ? はい、頑張ります」
「あーっ! ダメダメ、それはダメです! 映像使えなくなりますから!」
私が入れた茶々にぞっちゃんが素直に返事をしてくれたけど、慌ててよれひーさんが制止した。
「あれ? いまの指示、もしかしてさーちゃんの声だった?」
「そうだよー」
「もうっ! でも、ハルカちゃんが可愛いから、真顔で見つめてるとだんだん変な気持ちになってきたよ」
ぞっちゃんがあんまり口を動かさないようにして器用に喋りながら、なんとなくだんだんハルカちゃんに顔を寄せていく。
凝視してるとだんだん近寄っちゃうことってあるよね。わかるわかる。
おっ、これはこのままだとちゅーするか、と思っていたらハルカちゃんがぞっちゃんのお腹の部分を押し返した。
「はい、三〇秒。もういいでしょ?」
すっと離されたぞっちゃんはゲラゲラ笑っている。
「あー、笑いこらえるの大変だったー。顔を見つめてると、なんか笑っちゃうんだよね〜」
「……まぁ、にらめっこみたいなもんだもんなぁ」
「じゃあ、さーちゃんも私とにらめっこしよ」
「えっ!? 私はいいよ別に」
「まぁまぁそう言わずに」
ぞっちゃんは自分が映る時間が欲しいんだろうなぁ、と思うとなかなか逆らいにくい。企画趣旨的にも主役はぞっちゃんで、私達は付添いみたいなもんだし。ぞっちゃんはそこで恩に着せてきたりすことのない子だけど、こっちは借りがあるとは感じている。
そのぞっちゃんはすっと私の手を引いて、手近な壁に私の背をつけさせた。




