……7月26日(火) 15:30 一日目 :赤羽路上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一〇章 未知なる土地に辿り着き、なんだかやたらと緊張している。
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「どうしたのさーちゃん? 降りてこないの?」
不慣れな場所に怯むあまり座ったままボケっとくだらないことを考えていたら、ぞっちゃんに声をかけられた。釈明も説明なにも、誰に釈明なり説明なりをしているのだ私は。
せめてもうちょっとマシなことを考えているならボケっとしてても言い訳いやすいんだけど、昔転んだ時のことについての不必要な言い訳ではなぁ……。
「あ、ごめんごめん。降ります」
「混雑したバスじゃないんだから、言わなくても大丈夫だよ。さーちゃんで最後だし」
「えへへ」
もう笑ってごまかすしかないみたいなところはある。
じゃあ、ということで心持ち手早く降りようと足を進めたら、いつものところに地面がなくて上手く着地できず、踏み外してつんのめってしまった。
やっぱりか。こうなると思ってたよ。
でも、転けた先にはハルカちゃんがいたので、記憶の中のように水たまりに倒れ込むことにはならずにハルカちゃんの胸に飛び込む形になった。もっとも、そもそものところで足元に水たまりはなかったけど。
ハルカちゃんも私が飛び込んでいくのを待ち受けていたわけではないから、胸元に飛び込むというか、単純にぶつかってしまった感じだ。
ぶつかった時、『めしっ』という変な音が聞こえた気がする。しかも、ぶつかった感触は生物のような柔らかさではなくて、かといって金属の壁のような感じでもなく、安めの室内ドアのような合板の箱みたいな変な具合でどうにも人体という感じではない。
……そういえばハルカちゃんの体は人体ではなかったか。
どうして私がぶつかる相手はこう人外で、私ばっかりが痛い感じなのか。
私の方からぶつかってるんだから申し訳ないと思いこそすれ、文句を言う筋合いではないんだけど……。
「あっ! ごめんさーちゃん。急かすつもりはなかったんだよ」
「大丈夫。ぞっちゃんのせいじゃないよ……。それよりハルカちゃん、変な音がしたけど平気?」
「私は平気だよ。佐々也ちゃんは痛くなかった?」
「痛くなかったわけじゃないけど、地面にぶつかるよりは遥かにマシだったと思う」
「そう?」
膝の折れた少し低い体勢でハルカちゃんを見上げる。
ハルカちゃんがいつもと違う雰囲気というか、撮影モードな気がする……。
「ハルカちゃん、痛くないって言ってたけど、ほんとに大丈夫?」
凹んだりしてないか、というのが気になったのでぶつかったあたりに手を当てる。
すると、周囲から「おーっ!」という声が上がる。なんだこの歓声?
とりあえず、触った感じでは特に異常は無さそう。
「あーっ! さーちゃん駄目よ、それは駄目。お胸はセンサード!」
「は? お胸? センサーシップ?」
検閲を受けるほど!?
ぞっちゃんの方に目を向けると、手で大きくバツの印を作っている。それに応えてまた笑いが起きる。
笑いが起きたほうを見ると、よれひーさんとけんちゃんさん、それから他のスタッフの人たちも居て、カメラを構えてこっちを見ている。
「あれ? もしかして撮影中?」
「いちおう、東京に降り立つ最初の一歩だから、念の為」
「なるほど、それで。……あとは、お胸? ああ……ハルカちゃんのおっぱいのところ触っちゃったのか。こりゃ失敬」
ただ形がおっぱいだからと言っておっぱいらしさみたいなものはないんだよな、感触もぜんぜん違うし。軽く手の平を握り込んでみても、なにかが掴めてる気はしない。
「こらー! さーちゃん! ハルルだって怒るよ!」
「まぁまぁみーちゃん、そう怒らないで。佐々也ちゃんはぶつけちゃったところを気にしてるだけだから。私は触られても構わないよ」
私が胸を触ったままでいると、ぞっちゃんが重ねて注意してきたけど、ハルカちゃんがなだめてくれる。
「え? ほんとに? じゃあ、私も触っていい?」
「それはやめて」
ぞっちゃんが緩く握り始めたような形の手の平をちょっと差し出そうとしたが、それにはハルカちゃんもにべもなく断る。
そらそうだよな。ぞっちゃんが触ったら感触が人間じゃないのもバレちゃうし。




