7月26日(火) 15:30 一日目 :赤羽路上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第九章 東京は魑魅魍魎が跋扈する、いわば此の世の伏魔殿とか
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7月26日(火)
15:30
一日目
赤羽路上
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そんな感じで撮影をしながら、ところどころに角張った出っ張りの目立つ独特な地形の上に鬱蒼とした森が茂っているようなところを走ってゆき、一時間もしないでいくらか開けた場所に出た。私の目では具体的にどう違うのかひと目ではわからないけど、森の中の広場というのとは少し違う様子が見て取れる。
おそらく崩れたビルだったんじゃないかと追われる瓦礫っぽい砂利の山、その間やその上に木造の簡単な小屋が建てられている。一部には、貨物コンテナを改造したものや、うちの近所でも見かけるようなプレハブの簡易住宅なんかも混ざっている。どれも朽ち果ててはおらず生活感があり、現在も人が住んでいるんだと思われる。
一旦車から降りて、その場で撮影。
周囲に人影はない。
「どうです? 意外と開けているでしょう?」
「ほんとだー。もっとジャングルの中の村みたいなところかと思ってたー」
ぞっちゃんは、気楽そうに明るく答えている。本当に偉い。
私は、見慣れた生活世界とはかなり違うところに来てしまったことを改めて感じて緊張している。率直に言えばなにもかもボロくて見窄らしい。私の住んでいる現代社会は、ある程度以上の発展が見込めない社会だけど、反面かなり一様に豊かな社会ではあるので、こんな感じで見るからにボロい住居の姿はそれだけで異様だ。
私なんて、普通らしく身なりを整えるだけのことが苦手な人間なんだから、見掛けだけでこんな事を考えるのは不公平だって自分でも思うんだけど。
「こういうところがあるんだ……」
口数少ないキャラをやっているハルカちゃんも感想を口にする。
私もなにか言わないといけない気がする。でも、直截ボロいとは言いたくない。ここに住んでいる人たちが居るのだし、話に聞いたところでは住みたくてここに住んでいるとは限らず、能力が制御できなくて故郷から追い出されたような場合もあるはずだ。
さっき自分で言ってしまった伏魔殿、という言葉のイメージに影響を受けてしまっているのかもしれない。どんな魔物が伏せって潜んでいるのか……。
「……さーちゃんはどう思う?」
ぞっちゃんから質問が来た。番組進行の空気を読めてる。偉い。
でも私は困る。
「そ……その……、独特の迫力がありますね……」
「それは良い言い回しだ。大宮にあるような街の姿はここには無いけど、大宮には無いなにかのパワーがあることを表現してくれたのかな?」
「そうかもしれません……」
いかにも取り繕ったような言葉だったので、よれひーさんのフォローはありがたい。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。これから行くところは、もうちょっと迫力の小さい場所ですから」
「怖くはないんですけど……、慣れない雰囲気で緊張してます」
「えっ。さーちゃんが緊張してるなんて珍しい。大丈夫?」
ぞっちゃんが普通に心配そうだ。私より全然空気を読んだりする子なのに、私でも異様と感じるこの雰囲気に身構えずに居ることができるなんてぞっちゃんは本当に偉い。
「ありがとうぞっちゃん。でも……、キャラ崩れてるよ」
「……みーちゃんでしょ?」
「あっ、はい」
少し風景の撮影をしたあと、再度車に乗り込む。
車に乗ったまま中央の大通りと言うか、整地された広場を進む。
行く手には地面に大きめの石を置いてその上に木の柵を立てた何を区切っているのかよくわからない場所がある。区切りの中には建物のようなものはなにも無い。
車は回り込んで木の柵が無い方に向かう様子だ。近づいていくとなにがあるのかはすぐに分かった。車に乗ったまま地下に入ってゆける道だ。
車はそのまま地下に入ってゆく。
「舗装道路は無いのに地下駐車場があるんですね」
ハルカちゃんが状況を口に出して描写する。
「駐車場じゃないですよ。駐車場もあるけど」
どういうことかよくわからない。
少し待つと道が平らになって地下に辿り着いたことがわかる。
そこは広い場所で、窓から様子をうかがうと地下に街があるのだと言うことがわかった。たしかに、駐車場だけがあるわけじゃない。
地下の町は地上よりも整備されていて、たしかに『特有の迫力』は小さい。
見慣れたコンビニの看板を出した商店もある。円で囲まれた数字の7のマーク。マルシチ、大手のコンビニだ。
「さぁ、宿に到着しました」
赤羽ホテル、という看板の前で車が停まった。
第九章 了
次回更新は三月一日の予定です。




