……7月26日(火) 14:00 一日目:東京行き車中
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第九章 東京は魑魅魍魎が跋扈する、いわば此の世の伏魔殿とか
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上手く番組に合わせて喋るぞっちゃんを見ながら、私はそんなことをつらつらと考えていた。
「……佐々也ちゃん、佐々也ちゃん」
「え? あれ? どうかした?」
私が考え込んでいたら、ハルカちゃんに肩を揺すられた。
「橋を渡り終えたよ。番組中だから、なんか言って」
「あ、ごめん。ぞ……みーちゃんのこと考えてた」
「え? あたし? やだー、さーちゃんったら、さっきはあんなこと言ってたのに、ホントは私のこと大好きなんでしょ〜?」
「え? 大好きかと言われるとそれほどでもないけど、偉いなーとは思ってるよ」
「偉い? え……なんか照れる……。いやそこじゃない! さーちゃんはみーちゃんのこと、大好きじゃないの〜?」
「それでもけっこう好きな方だよ? 私はかまぼこのピンクの部分が好きなんだけど、それより好きだよ」
「ピンクのところ私も好き」
「ね?」
「うん! ……あれ? 私これなんか騙されてない?」
「あっ、道路が舗装じゃなくなったんですね。でも道はあるのか……」
ぞっちゃんと話してるうちに気がついたので、周りの様子についてよれひーさんに聞いてみる。
いま、周囲は木が茂って森になっている。緑はけっこう稠密だけど足を踏み入れようとすれば無理ではないだろう。そういうところとか植生とかの感じとかで、ジャングルなのかと言われるとやっぱりちょっと違う。
なにより気候的には日本、つまりこの緯度だと温帯だから植生がそもそも熱帯雨林ではない。うちの近所とあんまり変わらない。
このあたりの森がうちの近所の森と違うところとしては、概ね四角くてゴツゴツした石づくりの地形がそこここで草木に埋もれている。それが独特の雰囲気を出している。
あの四角い感じが、おそらく五千年前の街の痕跡なのだと思う。
「はい。道があります。整備してる人もいるんですよ」
「えっ? 誰が……」
「それはこの後のお楽しみにしてください。あと少しで到着します」
「到着って、どこに……」
「赤羽です」
「アカバネって、もしかして地名ですか?」
「そう。地名です」
「へー。東京にも地名ってあるんですねー。普通の日本みたい」
ぞっちゃんがやらせっぽい感想を言う。
知らなかったわけではない。事前に今日は赤羽というところに泊まりだという説明を受けていたから。バカっぽく見えてしまうけど、ちょっとした繋ぎの会話になるし、事前知識のない視聴者にはわかりやすくなる。ぞっちゃん的に温めていたリアクションなのだろう。
やぱりぞっちゃんはこういうことのやり方を「わかっている」んだと感心する。
「ははは。道だけじゃなくて地名だってありますよ。住んでる人もいるから、呼ぶ名前は必要だし」
「アカバネってなんか可愛い名前ー。大きくて赤い鳥がいるのかなぁ?」
大きい鳥? 羽だから、ってことか。
ぞっちゃんは自分から話題ふるから偉いよねと思いつつも、これはスルーでいいや。
「赤羽の語源は赤埴。土器を作る粘土の生産地だったかららしいよ」
「土器!? それはまた随分と昔だね。土器使ってたのって原始時代じゃないっけ?」
スルーしきれず、ハルカちゃんの蘊蓄につい反応してしまう。
「原始時代……後期にも使ってたけど、どちらかといえば土器は古代かな」
「土器使ってる時代にこんなところに住んでて、TOXが来たらひとたまりもないね」
「そのころはまだTOX来てなかった。というか、太陽系時代には地球は太陽系にあったしTOXは来てないよ」
「あ、そっか。そうだった」
ぞっちゃんは無知じゃないけど反射で喋ってるところはあるので、時にはこういうこともある。でも、反射で喋れるのは偉いと思う。




