……7月26日(火) 14:00 一日目:東京行き車中
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第九章 東京は魑魅魍魎が跋扈する、いわば此の世の伏魔殿とか
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うふ、はカメラに向けてアピール。
ぞっちゃんっぽくないというか、ぽいというか。
確かに可愛いキャラでおしゃべり大好きのぞっちゃんって概ねこういう感じではあるんだけど、いくらなんでもこれは誇張されすぎてる気はする。
「ど、どうしたのぞっちゃん? 具合悪い?」
「やっ! みーちゃんって呼んで」
「あ、ごめん。み……、みーちゃん?」
私が素直に謝ると、ぞっちゃんはニコッと笑っておいでおいでしてくる。
それに誘われて体を寄せると、耳打ちの仕草で潜めたような声で、とはいえ周りにも聞こえるような声で打ち明けてきた。
「普通にしてるとさーちゃんのイカれ具合にキャラで負けちゃうから、こういうので行こうかと思って」
「イカれ!? 私のことそんなふうに思ってたの? あ、いや、昨日は酷かったか……」
「そうそう。私、いつもは別に佐々也ちゃんのことイカれてるなんて思ってないよ? 番組のときの話。さーちゃんには負けられないなーって思って」
「私は別に勝ち負けとか考えてない……。勝ちなら譲るって」
「さーちゃんはそのままで居て。そのほうが面白いから」
「面白いつもりもないんだけど……」
「ははは」
たしかに人並みぐらいに冗談を言うとは思うけど、たいていの場合は冗談でもなんでもなく理屈通りのことを話しているつもりでいる。でもどことなくとぼけた雰囲気があって面白いんだそうだ。得な性分なのかもしれないけど、釈然としない気持ちになることもある。
いまもそうで、よれひーさんには笑われてしまった。
「こういう感じでときどきボロを出すと、腹黒キャラとして生き残る目が出てくるんだよ……」
「ぞっちゃんは普通にしてたら可愛いんだから、そんなキャラ付けなくていいと思うんだけど」
「あらやだ可愛いなんて。もっと言って!」
「ぞっちゃんは可愛いよ」
「みーちゃんでしょ?」
「あ、ごめん」
「なんでみぞれのぞを愛称にするかな……」
「いや、小学生の頃からのあだ名だから、可愛いがおもしろに負けちゃったんだよ……」
「そう。みーちゃんのほうが可愛い。これからもみーちゃんで頼むわよ、佐々也」
妙に低い声で言う。
呼び捨て……。ぞっちゃんから呼び捨てされたことあったっけ?
「じゃあ、みーちゃんで、もう一回可愛いって言って」
「みーちゃん可愛い」
「ありがとー! さーちゃーん。さーちゃんも可愛いよっ。それから、あとでお菓子ふたつ買ってあげる」
「いや別にお菓子はいらないけど……」
断ったら、またぞっちゃんに引き寄せられてぽんぽんと肩を叩かれ、耳打ちのような周りに聞こえる発言をしてきた。
「佐々也はお菓子が好きで、それに釣られて言うことを聞いてしまう。これで行こう。頼むよ?」
「あっはい。お菓子ふたつ買ってもらえるの嬉しい!」
「やーん。さーちゃん可愛いっ!」
「あっどうも」
よれひーさんとハルカちゃんは笑ってこっちを見てる。
あっ、と思ってカメラを見返したら、質問されてしまった。
「面白いですね。打ち合わせしてたの?」
「打ち合わせしてないです。ぞっちゃんが急にキャラ作って演技してきたんです」
「こういう突然ショートコントはいつもは佐々也ちゃんがやるんですけど、今日は私が考えてきました」
「私、そんなことするっけ?」
「昨日もユカちゃんにラグビー部やってた」
ラグビー部?
ああ、あれか!
「あれはおふざけで、別にコントなわけでは……」
「佐々也ちゃん。どこが違うかわからないよ」
ハルカちゃんから冷静なツッコミ。
「……考えた事なかったけど、急にやられるとこんな感じなのか……。反省しよ。やめないけど」
「はははっ。ぶっつけでも面白いんだね。でも、そろそろクイズ続けてもいいですか?」
「はい、お願いします。すいません時間とっちゃって」
「いいのいいの。撮れ高になるから。でも、今日の番組に使えなかったら、またいつか使う感じでもいい? 未収録シーン集、みたいなやつとか」
「私はいいですけど、さーちゃんは平気?」
「なんでも大丈夫です」
私は普通通りなんだから、恥ずかしいとしたら演技過剰なぞっちゃんの方じゃないかと思うんだけど。




