……7月25日(月) 22:00 大宮のゲストルーム
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第九章 東京は魑魅魍魎が跋扈する、いわば此の世の伏魔殿とか
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「あ、いや、そういうんじゃなくて、ユカちゃんの能力の……」
「はいはい。わかってるって。ただ、言った通り、私の能力は重いものを運べるわけじゃない。どちらかというと、仕舞うところを広くできるという感じなのよ。重いものは重い」
「それそれ。……あれ? 重さは変わらないの?」
「重さは半分にできる」
「……半分? なんか中途半端な感じだね……」
私はずっとユカちゃんの能力はたくさんの物を運べることだと思ってた。
他人の能力ってプライバシーみたいな面があって、他人には詳しいところはよくわからないのが普通だ。能力に限らず、特技っていうのはだいたいそんなものかもしれない。例えば絵が得意な友達が居て、頼んでみるとワンポイントのイラストは不得意だったりする事があったり、そういうことに似ているような気がする。
つまり、これまで私はユカちゃんの能力の重さについて考えたことはなかったので、細かいところまで知らなかった。
身近な知人の、これまでそれほど関心も払ってこなかったような能力に注文をつけようっていうんだから、我ながらいい根性だ。というか露骨に嫌なヤツである。
とは言っても、ユカちゃん相手に遠慮する気はない。ユカちゃんはいつだって私に対して口が悪い。そのことの鏡映しみたいなもんだ。
「その……、詳しく言うとユカちゃんの能力ってどんな感じなの?」
「あえて言うなら、箱の中にたくさんの荷物を入れる能力という感じね」
なんとなく段ボール箱のイメージが浮かんだ。
「箱じゃないといけないの?」
「別にそれはなんでも大丈夫。子供の頃はカバンだった。でも、カバンだと入り口のサイズは決まってるし、カバンの大きさなんてたかが知れてるからそれほど便利でもないのよ。重さが半分になるとしても、たくさん入れたらどうせ重いし。だから最近はバンに載せた箱の中身を増やす方に使ってる感じね」
「バンに載せた? あー、運ぶのが大変だから、箱を車に乗せっぱなしにしてる感じか……」
ユカちゃんが子供の頃に使っていたカバンを確かに覚えている。小さい子がおもちゃ代わりに持ち歩くような小さくて可愛いカバン。そこに学校の箒を入れて見せてくれたりした記憶もある。ああそうか、箒なんて重さはたかが知れてるから、重さについては気にかけたりしなかったんだろう。
ユカちゃんの説明で、箱のイメージが段ボール箱からコンテナみたいな感じのものに変わった。
「ん? だとしたら運ばなくても倉庫として使えるのでは?」
「一時的にはね。維持するためには私に負担がかかるから、長くは使えないけど」
「負担がかかるの? そりゃ大変だなぁ」
「別に疲れるとかそういうことじゃなくて、なんとなく注意力が散漫になるというか、全体的に上の空になるというか、気にするほどじゃないんだけどね」
「上の空になるんだとしたら、車の運転は危ないのでは?」
「短時間なら大丈夫。集中力でなんとかなるやつだから。あと私、車の運転が好きで苦にならないタイプだし」
前半と後半が繋がってない気がするけど、ユカちゃんが感じている問題点に、ユカちゃんが結論を出してるんだから、たぶん妥当な感覚なんだろう。私は能力を使いながら車を運転しているユカちゃんを見たことさえない。
少なくとも観察してみないと妥当かどうかも判別できないやつだ、これは。
「なかなか難しいんだね……。じゃあ、その能力を使ってる途中で気を失ったり寝ちゃったりしたらどうなるの?」
「ぺっ、って吐き出される感じ」
「入口が閉まってても?」
「ドアが硬かったりしたら入ってた物が潰されたりする。狭いところに挟まる感じだね。それで、その後は内側に転がり落ちる」
「元の容量より大きかったら?」
「だから潰れるんだよ。ギュウギュウに押し込めたときの形になる。入り切らない場合は入れ物が破裂するよね」
「こわ……。まぁでも、仕組みがよくわからんね」
「調べてもらったところによると、出入り口が中の空間に紐付いていて、閉じるときは出入り口に向かって使ってた空間が圧縮されていく感じになるみたい。蓋になっている部分の空間はその圧縮されていく空間の外側になるから、狭い狭いそこにどんどん中のものが押し付けられていくし、蓋が開かなかったら潰れちゃうよね、ってことみたい」
「圧縮か……。兵器に転用できるかもしれない力だな……。少なくともガソリンエンジンには使えそうだ」




