……7月25日(月) 15:00 大都会大宮
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第九章 東京は魑魅魍魎が跋扈する、いわば此の世の伏魔殿とか
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「ふふふ……。私の能力|アナンジュパス(天使が通る)が暴発してしまったようですね……」
なんとも言えないシラけた空気が流れて、時間が流れるのが遅い。
時の流れを歪める新しい能力まで獲得しちゃったかも……。
能力持ちはつれーわ! あーつれー!
……いや、ほんとに辛くなってきたな。
いつまでもこうしていられないし、元の立ち位置に戻るか。
「さーちゃん。他人のネタはまずいよ……」
ありがとうぞっちゃん。
……ダメ出しとはいえ、少なくともなんか言ってくれて。
「え? 人のネタ? ああ、ユーちゃんさんの挨拶か……。まあ普通の挨拶のうちに入るし、なにより似てないから大丈夫だと思いますよ」
金縛りが解けたかのようによれひーさんが応答する。
似てなかったか……。でも、幹侍郎ちゃんのリクエストには答えられたから私は満足。
「佐々也ちゃんさん、ユーちゃんさんのファンなの?」
「あっ、いえ。私がというか、親戚の子に今度ストリームに出た時にこの挨拶やってよって言われたので」
「そこはファンだって言っておくところですよ」
声を潜めたふりをした別に小さくない声で、よれひーさんが私に教えてくれた。
「あっそっか。大ファンなんです。親戚の子と一緒にいつも見てます」
「ご協力ありがとうございます。一応こちらで話は通しておきますね。ユーちゃんさんはこれぐらいなら通してくれますし」
「あっ、そういう確認とかがあるんですね。失礼しました。次から気をつけます」
「佐々也ちゃんさんはなんにも気にしなくて大丈夫ですよ。自由にカオスしてくれた方が面白いから。それより天使を呼ぶ能力って? 佐々也ちゃんさん、能力があるんですか?」
「その場にいる全員が黙り込むみたいなことを、フランスでは天使が通ったって言うらしいんです。時々暴発する私の能力です」
私の説明に、スタッフの人達の頭の上にハテナが浮かんだように見えた。分かりにくかったせいでまた天使を呼んでしまったか……。
でも、優しいぞっちゃんがまた拾ってくれた。
「私もそれ聞いたことある! フランスの言葉なんだ……。でも、佐々也ちゃんがそんなんなってるの、あんまり見たことないよ?」
「ぞっちゃんと喋ってるときはぞっちゃんが埋めてくれるからね……」
「そっか……」
私とぞっちゃんの話が一段落したところで、
「佐々也ちゃんさん、フランス語にお詳しいんですか?」
「いえ、これしか知りません。どこかで聞いたのは確かですけど、ほんとにフランス語かどうかもわかりません。グループ名がフランス語だったから、なんか思い出しちゃったんでしょうね」
我ながら他人事っぽい。
でもどこかで聞きかじった豆知識が意識せず口から出ちゃっただけなんだから仕方ない。
「たまたま。……なんかごちゃついてきましたね。いったん一息入れて、再開しましょう」
よれひーさんがそう言いながら、ちょきちょきのジェスチャー。
「なんかお手数かけてすいません……」
これはぞっちゃん。
……ぞっちゃんに謝らせてしまった。
「いいのいいの。僕のチャンネルにはこういうタイプの笑いって少ないから、たまにはこういうのあった方がアクセントになるし、僕の勉強にもなるから。今の天使の話はテロップにしようかな。……でも、もう今日は予定から全部進行を変えちゃおう。ハルルさんはあんまり喋ってないけど、なにかアピールとかない?」
「私は特には……」
ハルカちゃんはだいぶ素っ気ない感じ。
打ち合わせのあと、収録が始まる前にちょっとだけ話した時、ハルカちゃんは「赤系の正統派と黄色系の天真爛漫がいるから、私は青のクール系で行くことにする」みたいなことを言っていた。赤とか黄色とか青とか信号機でもあるまいになにを言ってるかわからなかったけど、とりあえずハルカちゃん自身はクールな感じを出してるんだろうと思う。
「このまんまだと佐々也ちゃんさんばっかりってことになっちゃいますから、なにかひとネタ欲しいんですよね。そういえばさっき佐々也ちゃんさんが言ってた歌っていうのはいまできますか? 急で申し訳ないけど」
「え!? いいんですか?」
「お願いします。音源とか用意できないけど……」
「音源なら私が用意できます! みーちゃんも、またお願いできる?」
「えっ? 私? お願いって?」
「ボーリング場のやつ、一緒にやって欲しいの」
「ちょっと忘れてるけどできるよ。……もしかしてこれ、カオスが加速していく感じ?」
そう言いながらもぞっちゃんはハルカちゃんにつきあって移動していく。
「自前の音源がある? でも、権利とか大丈夫なのかな……」




