……回想:7月18日(月)〜7月24日(日)
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第九章 東京は魑魅魍魎が跋扈する、いわば此の世の伏魔殿とか
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幹侍郎ちゃんに会いに行く前に、ゴジにはダイレクトメッセを送っておく。
東京に行きたいのは幹侍郎ちゃんが空を見る場所を探すためだよ。見つかるかどうかわからないから、幹侍郎ちゃんには言わないで、と。
護治郎からの返事は、謎生物が頷いている絵と続けて同じ謎生物が手を合わせて頭を下げてる絵。わかった、ありがとう、という意味だろう。
「佐々也ちゃん来た! なにかあったの? お兄ちゃんに聞いても教えてくれなかった」
「あー、ハルカちゃんと旅行に行くことになったから、その相談をしてたんだよ」
「旅行って聞いたことあるけど……、なんだっけ?」
「そういうときは、辞書にはなんて書いてあるか調べてみようか」
「辞書? 調べてみるね……。『家を離れて他の土地へ行くこと。旅のこと』……。佐々也ちゃんどこか行っちゃうの?」
「うん。そうだよ」
そういうと、おしゃべりな幹侍郎ちゃんが、らしくもない間を作った。
なにかあったのかと見返しても、表情は読めない。幹侍郎ちゃんの顔は表情を映し出すようにはなっていないからだ。しかし慣れてくると、なんとなく感情を読み取れるようにはなる。
「……もう会えないの?」
「えっ? いや、会えるよ。……ああ、辞書には書いてないね。旅行って行ったら普通は帰ってくるときに使うんだ」
「そうなんだ。……よかった」
幹侍郎ちゃんはホッとした感じの声だ。
可愛い。
「行った先でなにがあったか話してあげるから、いい子で待ってなよ。ゴジも窓ちゃんも行かないから」
「うん、わかった。今日は窓ちゃんくるの?」
「どうかな。……ハルカちゃんと学校の友達と麓の街に行くって言ってたから、早く終わったら来るかもしれないけど、遅くなるんじゃないかな」
「そっか。早く終わるといいな」
「窓ちゃんになんか用事あるの?」
「無いけど、今日まで会えなかったから」
「あー、そうだね」
幹侍郎ちゃんは人懐っこくて可愛い性格をしている。
というか、叡一くんといいハルカちゃんといい、知り合いの非人間のみんなは私より社会生活向きな性格をしている気がする。不思議といえば不思議かもしれないけど、むしろ私が不向きすぎなのかもしれない。
私もこれでちゃんとやってるつもりではいるんだけどねぇ。
幹侍郎ちゃんから「佐々也ちゃんは服を買わないのか」と聞かれたけど、私は着慣れた服でないと落ち着けないから特にいらないと答えた。とはいえ、二週間の旅行となると洗濯も不自由するかもしれないし、着替えは少し多めに用意した方が良いんじゃないのかとゴジに言われた。もっともな用心なので、これは数日分の着替えを買った方が良いのかもしれない。
「近いうちに防衛隊に書類を出さないといけないから、その時についでに買いに行くことにするよ」と言ったらゴジが安心していた。
* * *
この日からハルカちゃん待望の終業式まで五日間、私はしつこく消えない噂のせいで消耗し続け、更には苦手な書類仕事とか人混みへの買い出し、慣れない荷造りなどの旅行準備のせいで実態以上に気忙しくしていた。
申請がてら旅行用に新しく下着の着替えを補充した時に、ついでに新しく大きめの携帯バッテリーを買ったりもした。他にも自宅に行って大きなカバンをお母さんから借りたり、あとは着替えと端末と充電機材を忘れにずに用意してまとめて入れる袋を用意したり。
私がそんな感じである一方、ぞっちゃんとハルカちゃんはすごく仲良くしていた。
急にどうしたんだ、でもふたりとも美人だから一緒に並んでると目の保養になるわい、という雑な納得をしていたんだけど、つまりこの時に二人は番組のことを話し合ってたわけだ。判ってみると納得しか無い。
金曜、二十二日に終業式。一学期は終わり。
ここから夏休みだ。
夏休みに入ってすぐ、土日から明けて月曜日、ぞっちゃんが出演する番組の出発地点で番組主催のよれひーさんが拠点にしている東京のすぐ北、大宮に移動。
ユカちゃんが防衛隊の人から大きなワンボックスの車を借りてくれて、ぞっちゃんを含めた全員で同じ車に乗った。
そのおかげで送ってくれるはずだったお父さんはお役御免になってしまった。ぞっちゃんによると、せっかく旅行申請をしているからと、ぞっちゃんのパパとママはその代わりに温泉に行ったそうだ。「いいなー温泉」だってさ。
移動は車で三時間半。朝に出てお昼には着いた。
宿に案内されたあと、よれひーさんとお昼ごはんを食べながら顔合わせと軽い打ち合わせ、その流れで到着した当日中に初回の録画が始まったわけだ。




