……7月16日(土) 10:00
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第八章 其の人の罪、有りや無しや。其れは有耶無耶。
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伝聞にするとアホみたいな話にしか聞こえないけど、具体的に場面を思い浮かべると……『頑なに動機について黙秘を続ける少女。年頃らしく恋愛がらみの事情があるところまでは間違い無さそうだが、肝心の想い人は誰なのかが分からない。そこに、とある少年が自首してきたとの報告が届く、その名前を聞いた少女は静かに涙を流す……。』みたいな感じか。
これはまぁ、その場にいる人に「わかった」と思われても仕方ない気がするやつだ。
というか、窓ちゃんが違うって言ってるだけで、どっちかっていうと防衛隊の人の推測の方が正解なわけだし。
「私、話すのが下手だから、そういう時に違うって言って訂正する事ができなくて……。なんて言ったら良かったんだろう……。佐々也ちゃんなら、なんて言う?」
「まぁ、周りがそう決めちゃったんなら、話をひっくり返すのは誰だって難しいよ。私には無理だ」
今、学校で流れてる噂も覆せないし。
実はこういうの、ぞっちゃんやハルカちゃんなら上手く切り抜けるんじゃないか、という気がしている。
ああいうのは、その場の流れを掴んで方向づけをするのがコツなんじゃないかと思ってるんだけど、私にはそういう事は全くできない。場の流れを掴むなにをすれば良いのかわからない。ぞっちゃんとかはよくその場の主役になってるから、きっとできるんだろうと思うけど……。
話を戻して、そんなこんなで聞き取りが終わって、窓ちゃんは違反のこととTOXを全部倒した偉業とかともろもろ勘案して降格と謹慎になったのだという。
降格と言っても、戦闘力のおかげで元から不相応に高めの階級だったらしくて、下がっても本人的には構わないし、謹慎と言っても自宅に軟禁とかの厳しいものじゃなくて真面目に実直に生きてればいいというぐらいのことらしい。それから、その謹慎の一環として、夏休みには特別スケジュールの訓練をしなければいけないことにもなったとか。
学校のリモプレを休んで自宅謹慎をしていたのは、窓ちゃん自身のけじめのためで、誰かに求められたわけではないらしい。
そうだったのか……。
ユカちゃんが学校の時に言っていた公式見解とは微妙に違うけど、事実は両方の間のどこかだろうし、私が細部まで知っている必要はないので聞き流す。
「勝手に指揮を離れるということは折瀬の集落の全員を危険に晒すのと同じことだから、温情のある処罰で済ませてくれたことに感謝してる……」
窓ちゃんはそう言って、別に建前というわけでもなさそうだ。
私としては、TOXと戦うのが任務の防衛隊という組織で、独りですべてのTOXを倒したのであれば窓ちゃんが処罰されるいわれなんて無いんじゃないかと感じる。理屈では、勝てば良いという話でないというのも分からなくはないんだけど、感情的には窓ちゃんがあれだけのことをして勝ったのに処罰されることには納得いかない。
おそらく、私が窓ちゃんに心情的な減刑を求めているのは活躍したからという理由だけじゃない。らしくもなく規則を破ってまで窓ちゃんが大活躍してくれたおかげで、今回のTOXの騒ぎ流れでゴジの家が防衛隊に捜査されるようなことも起きておらず、幹侍郎ちゃんが露見する可能性にひとまずの猶予ができた。それを恩と感じているのだろう。
そういう手柄とか恩とかで法律違反の重みが変わってはいけないはずはないのだけど、実際に身近な人の身の上の問題になるとそうも言ってられないものだということを実感している。
幹侍郎ちゃんの件は解決まではしていないけど、時間的な余裕を作ってもらえた事になる。事前の予想通りにTOXが本当にゴジの家に来たと仮定して、窓ちゃんが前回と同じく見回りから駆けつけてくれたとしても防衛隊の捜査が……。
この時、地下通路で窓ちゃんと並んで話していたことが急にフラッシュバックしてきた。
――……さっき佐々也ちゃんが言ってたやつ、私、やってみようと思う――
――TOXが護治郎くんの家に来なければ……、っていう話――
――……佐々也ちゃんが言ってたのは、そういう意味だったのね――
―― 窓ちゃんは怪訝な表情、思い詰めたような表情をしていた――
――……私は……、折瀬にTOXが来ても戦いの現場がこの家にならなかったらっていう意味なんだと思った――
「ま……窓ちゃん、もしかして、独りでTOXと戦ったのって、私があんなこと言ったから?」
「ううん、佐々也ちゃんのせいじゃないよ。私が自分で考えたの」
窓ちゃんの答えはきっぱりしている。でもそれが逆に、私の言葉がきっかけになったことを暗示している。『あんなこと』がどんなことか、言わずとも通じているんだから。
同時に、窓ちゃんがTOXに跳ね飛ばされたシーンが思い浮かぶ。
あれも私のせいか、つまり。
「わわわわわ。ご……ごめん、考えなしにあんなこと言って。窓ちゃんに危険な目に遭うなら、そんなこと言わなかった……」
「違うよ。佐々也ちゃんのせいじゃない。やろうと思ったのは私なんだから」
「ごめん……」
「謝らないで佐々也ちゃん。本当に嫌なら誰かに言われたってやらないし、それに良いこともあったから」




