……7月13日(水) 16:45
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第八章 其の人の罪、有りや無しや。其れは有耶無耶。
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「ははは、冗談だよ。でもイルカの中には別の考えのひともいる。野蛮だってね。まあ、そういうひとが多いかといえば、そんなには居ないよ。例外的かと言われると、そんなに少なくもないけれど」
「そういうものなんだ……」
まあ理解はできる。これは歴史の話だけど、私なんてフィクションの登場人物が死んだ時に憤りを感じることだってよくある。
この二つでは現実に適用する時の基準が違うけど、それをどの基準に持ってくるのかという話だ。理解できるというのはそういう部分で、その憤りを正当と思うかどうかはまた別だし、正当だと思うひとが間違ってると言い切るだけの根拠はないように思うなぁ。
「でも実際、僕は別になんとも思っては居ないよ。イルカは宇宙に連れて行かれて以来、別の生き物になってしまったみたいなところがあるから、言ってみれば歴史より前の話だと感じるね。たとえば人間が猿だった時代に猿がどこかの動物に殺されてたと知って、君もそんなに憤ったりしないだろ?」
「いくらかは可哀想のような気分にはなるけど、まぁ怒りは感じないかな……」
「そんなもんだよ。なにしろ五千年も前の話なんだから、感情的には現在のダイソン球の壁の向こう側よりもっと遠いね」
五千年ねぇ……。
古いといえば窓ちゃんの家は太陽系時代から続く、つまり五千年より前から続く家系だって話なんだけど、改めて考えるとすごいな。
このへんの時代の感覚とか世界の広さの感覚は、人間とイルカでは少し違うかもしれない。イルカのほうが若い種族であるだけ、歴史も世界も認識が狭い感じはする。サンプルが一人だけだけど。
「……いや、壁の向こう側から来た『ひと』も居るんだから、海に住んでた時代のことももっと恨みに思ったほうが良いのかな?」
「え? ええっ! そんなこと無いと思うよ。恨みや憎しみは少ないほうが良いと思う」
「ふふっ。これも冗談さ。でも、壁の向こう側から来た『ひと』は居るんだよなぁ……」
そう言って、叡一くんはまた改めてハルカちゃんの方をしげしげと見る。
「そうだ。ねぇ天宮さん。外から来たってことは、このダイソン球にどこかから入ったんだよね? どうやって入ってきたの? 隙間は無いはずだよ」
「寝てるうちに入ってきたようなもんだから、それがさっぱりわからないのよ」
「そうか……、残念だ。思い出したら教えてほしいなぁ」
「思い出せるとは思わないけど、なにかあったら思い出すようにしておくわね。連絡先は?」
「え? 連絡先って?」
「いつになるかわからないから……。十年後とかかも」
「そのスパンか……。ちょっと考えてみないとわからないや」
十年後も使える連絡先……。私もわからないな……。
と、こんな感じで、叡一くんとの折衝は意外にも和やかな感じで終わった。あと、イルカの知り合いは叡一くんしかいないんだけど、彼はかなりの変わり者なんじゃないかなという思いがかなり強くなってきた。
ハルカちゃんが思い出したように叡一くんに向けて言う。
「あ、そうだ叡一くん。私の話も秘密にしてよ」
「そういう約束だと理解はしてるけど……、外から来たというのが本当ならそれを黙ったままにしているのは犯罪的な秘密主義なんじゃないのか? 世界の問題の重大な部分に関することなんだよ?」
「私の身元が発覚して、身動きが取れなくなると困るのよ。だから外側の話を他人にするのは私としては構わないけど、私の身元がなかったら誰にも信じてもらえないはずだわ。それでも構わなければ話してもらってもいいけど、そんなことできる?」
「……まあそうだね。広く信じてもらうなら、君の身の上話は必要になるだろうね……」
「そういうこと。……私にできるのはお願いと約束だけだから、本当は知られたくもなかったんだけど、行きがかり上喋っちゃったからね」
それにしてはノリノリで洗いざらい喋ってた気はするけど……。
「……君の友情に感謝するよ。僕だって友情は大切だ」
叡一くんの言うことは、なんかいちいち胡散臭いんだよなぁ。
人柄の問題なんだろうけど。
「まあでもさしあたり、僕の目標は高階者だ。その意味では、天宮さんより安積さんの方が興味深いな。なにしろ、いまのところそれしかヒントがないからね。だから、これからもよろしくね、安積さんと天宮さん」
「うん……。私からも秘密のこと、くれぐれもよろしくね」
「ああ、それは任せておいてくれ」
私の方はよろしくされても高階者のことなんて何にも知らないよ……。




