……7月13日(水) 16:45
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第八章 其の人の罪、有りや無しや。其れは有耶無耶。
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
「出せる……。あれ? いや、今は出せないな。この体では無理だ」
「電波は出せない。でも物体の場所がわかるってことか。不思議だね」
「言われてみれば本当に不思議だ……」
叡一くんが小首をかしげていると、ハルカちゃんが自分の能力の補足を挟んできた。
「私は電磁波のうちでも身長以下のほとんど極超短波からミリ波ぐらいまでしか検知はできないから、それ以外の電磁波の可能性はあるかもしれないけど……」
「だって? 叡一くん」
「本体のレーダーは一〇メートル級の超短波だよ。距離とエネルギーの兼ね合いがあるから」
「ああ宇宙に居るときのイルカは遠くを知らなきゃ意味ないもんね。それに体も大きい。人間サイズにつかえるレーダーじゃないってわけだ。……そうだな。耳を塞いでみて? 聴覚は耳なんだよね?」
私の言葉で、叡一くんは素直に耳をふさぐ。
「耳だよ。……あぁ……、君たちが消えていく……」
そう言ってから、叡一くんは耳を塞いだ手を離す。
「音が聞こえるようになると、次第に像がはっきりしてくる感じだな。へぇ、こうして実際に調べてみると、僕はいま音で空識を保ってたのか。自分のことだけどこれまで気が付かなかった」
空識。知らない言葉だけど、空間認識とかそんな感じだろう。
「じゃあやっぱりソナーだ。えーと、音で物体の場所を察知するのって、エコーロケーションとか言うんだったかな?」
「安積さん……。やっぱりよく気がつく人だな」
「……よく気がつくなんて言われたことないよ。気が利かないならよく言われるけど」
「そうなのかい? こんなに明敏なのに。二次元人の考えることはわからないな……」
「二次元? マンガじゃなくて身近な知り合いに言われるんだけど……」
「あ、いや。人間の事だよ。ごめんごめん」
じゃあ三次元人はというと、イルカのことかな?
確かにイルカは人間に比べればかなり完全な立体移動だけど、人間だって二次元じゃなくて高さの概念はある。それはそれとしても、そもそもイルカは鯨類であって人じゃなさそうなもんだから、三次元『人』でもなさそうなもんだ。
……まあいいか。
なんというか、ここを追及するとお互いに不愉快な話をすることになる気がする。
「ところで叡一くん。感心ついでに教えてほしいんだけど、なにを探してるの?」
「探してる? なんのことかな?」
「またまた。叡一くんはなにかを探してる。幹侍郎ちゃんの部屋に入り込んでもそれは見つからなかった。だからすぐに興味を失った。そうだよね?」
「うーん……」
私がそう言って質問すると、叡一くんを顎に手を当てて考え込む。
別に本当に考えているんじゃなくて、演劇で言うところの溜めだろう。人間じゃないのに人間の姿で高度な技巧を使うよな。叡一くんにはどうもこういうところがある。
「そうだな……。誰かに話すとしたら安積さんが一番だと思うようになったよ。でも、こう言ってはなんだけど、安積さんもまだ僕に教えてくれてないことがあるよね? それと引き換えにしよう。……さっきはこう言わなかったのがすれ違いになったからね、今度は明言しておくよ」
「それで私は出し抜かれちゃったんだけどね。だから私の方にも条件があるよ。私が話す秘密について基本的に口外しないこと。それから、その秘密に関することでなにか行動するときは、私か他の関係者に許可を取るようにして欲しい」
「了解した。まぁ、秘密っていうのはそういうもんだよね」
分かってるんじゃないか。だったらさっきのはなんだったんだよ……。
「そう、秘密っていうのはそういうものだ。だから約束して欲しい。……イルカの社会では約束の価値が軽いなんてことはないよね?」
「無いよ。約束は約束だ。でも、それを僕に聞くのかい?」
叡一くんがそう言うと、ハルカちゃんは目を閉じたままうつむいて小さく首を振っている。
アテレコをすると「やれやれ」みたいな感じかな……。
「それは仕方ないよ。私が知らないことで、考えても答えが出るわけじゃないことだもん。後は信用するかしないかの話で、全く信用できないなら約束を持ちかけたりもしないんだから、これは前借りみたいなもん」
「……安積さんと話してると飽きないよ」
他の人と話してるときはどうなのかね、と思わなくもないけど、ここも追求したらやっぱり不愉快な気持ちになるだろうなという気はする。なにしろ、叡一くんの人間の知り合いなんてそんなに多くないだろうから、例として出されるのは共通の知り合いになりそうだ。友達の悪口なんて聞きたくない。
「ま、いいよ。叡一くんが何を探してるのか、それを教えて欲しい」
「……そうだね、わかった。話すとしたら安積さんだ。なら、いまここで言うのが一番いいんだろうね」
「買いかぶりだよ。でも、聞かせて欲しい」
「そうだね……」
叡一くんはここまで言ってから、改めて逡巡するような様子を見せる。
さっきもやってたけど本当に迷っているというわけではないだろう。私にはできない印象付のテクニックだとは思うけど、鼻につくとも感じる。
「僕はね、高階者を追っているんだ」




