7月13日(水) 16:30
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第八章 其の人の罪、有りや無しや。其れは有耶無耶。
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7月13日(水)
16:30
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叡一くんは浮いたまま、思いのほか速く奥に進んでいて、私が走っても通路の途中では追いつけなかった。金属床に靴下履きのせいで床は滑るしそもそも鈍臭いので、私が走ったところで足は遅いんだけど。
「こらー、止まれよー! その奥まではTOXは入ってないよ!」
大声で呼びかけても止まる様子もない。聞こえてるはずなのに。
くそー、なにが目的なのかは知らないけどやられた。
人間の風習に詳しくないとか殊勝なふりをしておいて、いざとなったらこれか!
「よし、ここか!」
私が追いついた時、叡一くんは一番奥の扉を開けていた。
「ここかじゃないだろ! 勝手に開けるな!」
「あれ? なにもない?」
「何も無いなんて事ないだろ!」
少し下り坂になっているので、走ってた勢いが止まらずに怒鳴りながら叡一くんに追突した。でも叡一くんは私の下敷きになったりせず、ゴンとぶつかった後、そのままにゅるーっとものすごくゆっくり前に漂う。
私は壁にぶつかったような衝撃を受けた後、跳ね返されて転んだ。
痛い。なんで私だけ転ぶんだよ。浮いてるとか非常識だ。
しかも浮いてる物にぶつかったのに跳ね返されるとか、直感に反していてどういうことかわからない。
ぶつかった時に私の慣性力がそのまま叡一くんに伝わっているはずだし、支えが無いんだから叡一くんは私とだいたい同じぐらいは跳ね返されるはずだ。いや、人間同士なら体重に応じて跳ね返る速度はちょっと違うはずだから、私より体格のいい叡一くんのほうが跳ね返るときのスピードは遅いかもしれないけど、差があるとしても二倍以下。五〇キロと六〇キロだとしても二割増し程度だ。
しかしそれどころか叡一くんは浮いてるのだ。重さなんて無い。物理無視かよ!
「広いな。……安積さん、ここはなに?」
「なに? じゃないだろ! TOXとは関係のない場所だよ。TOXとの戦いのときにもここまでは入って来なかった。だからほら、出ていくよ」
空中に漂って奥の広い空間の方を伺っている叡一くんを捕まえて連れ出そうと引っ張った。浮いてるくせに重くてぜんぜん動かない。びくともしないんじゃなくて、ものすごくゆっくりしか動かない。
これはもしかして重いのか? 浮いてるのに? どういうこと?
そんな疑問が頭をかすめたけど、そもそも叡一くんを連れ出そうにも、もう遅かった。
叡一くんの向こうに幹侍郎ちゃんの顔が覗いている。
「佐々也ちゃん、来てくれたの? 誰かと一緒?」
「いまちょっと忙しいから、また後でね」
「あれ? 君も喋れるのか!? これは驚いた」
「喋れるよ。お兄ちゃん誰? あーっ! ロケットの番組で見た人だ! 叡一くん?」
「そう。僕は叡一。キミの名前は?」
「僕は幹侍郎」
あーあ。二人で話し始めちゃったよ。
正味のところ、もうどうにもならない。
救いと言えば叡一くんが幹侍郎ちゃんを怖がったり異常だと言ったりしてないことではある。ゴジが言ってた幹侍郎ちゃんをどこかに逃がす件の見通しがつきはじめた、みたいな話なのかもしれない。……良い方に考えたら、だけど。
叡一くんと幹侍郎ちゃんは自己紹介ながらなんだか話が弾んでいるようで、良いんだか悪いんだか。
いつのまにか、ハルカちゃんも入り口のデッキのところに上がってきた。
「佐々也ちゃん。叡一くんに来てもらってよかったの?」
「良くないよ……。勝手に入ってきちゃったんだ」
視線をハルカちゃんに向けると、なんかいつもと違う。
え? 左手が無い?
角度とか姿勢とかの関係で見えないだけかもしれないので、ひょいひょい頭を左右に動かしてよく見てもやっぱり腕が無い。




