……7月13日(水) 16:00
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第八章 其の人の罪、有りや無しや。其れは有耶無耶。
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「じゃあ、安積さん。こんどは僕の番だ。TOXと戦った場所を見せてもらえるかな?」
「あー、そのことなんだけど、やっぱり今度また、ゴジが居るときにできない? 家主はやっぱりゴジだからさぁ、ははは」
いまここで幹侍郎ちゃんのことを叡一くんに話すつもりはない。
より詳しく言うと床の穴を見られたくないのだ。あれはどう見ても怪しいし、実際に秘密に直結している。
防衛隊の人たちのように常識があるならあの穴の底に隠し扉があるかもしれないとは考えないだろうし、なんだったら常識がなくても私ぐらい不注意であればどんなものだって見落とすことはできる。でも叡一くんは、たぶんどっちでもない。
注意深い性質だっていう証拠だって別に無いんだけど、いくらなんでも私ほど不注意ってことはないだろう。私は興味が向いたときにはいくらでも気がつくけど、それ以外のことはまるっきりだ。毎日同じ階段を上り下りしてるのに、ボーっとして階段があることに気がつかない日があるぐらいだ。そういう時は、もちろん転ぶ。
私の拒否に叡一くんは目を見開いてことさら驚いたような素振りを見せる。
「ひどいなぁ、安積さん。僕にだけ話させておいて、自分は情報の提供を拒否するなんて……。ああ、ひどいなぁ」
ううっ。
誤魔化している自覚があるので、こう言われると胸が痛む。
「僕は取引のつもりだったんだけど、安積さんは違うのかい? 人間の習慣に不慣れなイルカを邪険にして情報を騙し取る。人間の習慣というのは、そういうのもありなのかい?」
「いや……、そんなことないよ。取引のつもりだったんだね。私としてはそんなつもりはなかったんだけど、叡一くんがそのつもりだったというなら私も応えないといけないね。わかった、私について来て」
私の気持ちは嘘なんだけど、そこはまぁ風習とかそういうことじゃないからいいだろう。
反対に、交渉事を有利にするために習慣とかそういうことについて、不慣れな人に嘘を教えるのは私としては倫理的にNGだ。
みたいないかめしい事を考えていたとはいえ、実際にすることは叡一くんを食堂脇の廊下に連れて行くだけ。壊されてゴジが修復した勝手口を見せて、この廊下をTOXが通ったらしくて、私が降りてきたら窓ちゃんが居たという状況を説明した。
奥のドアは破壊されたままの状態で、脇の壁は割れたまま。割れた壁にはどこから持ってきたのかサイズの合わない板が置いてあって、いちおう壁の穴を隠そうという気持ちがあることがわかるところに置かれ、八割ぐらいは穴を隠している。
説明では、ハルカちゃんのことはぜんぶ省く。
TOXに攻撃されてお腹に穴が空いたけど大丈夫なんて言えるわけない。
ドアの向こう、床に開いた穴のことにも触れない。
「なるほど……。二週間ぐらい前だっけ?」
「それぐらい、だね。正確には六月二十四日の金曜日。だいたい三週間前かな」
「ふーん……」
叡一くんはそう言って顎に手を当てて、ジリジリ歩き回りながら周囲を見回してる。
廊下に立って私には見えない何かを見てる様子というのはなんだか奇妙だ。
なんだろう? 名探偵っぽいというか、そんな感じ。
私はさり気なく叡一くんの行く手を邪魔して奥の部屋に近づけないようにしたいのだけど、全然うまく行かない。普通なら相手の人が比較的廊下の奥に立っていれば、その奥に進むには立ってる人に遠慮したりどいてもらったりという行動があるはずなのに、そういうのはなにもなく単純に避けられてしまった。
「あれ? この部屋にTOXが入っていったのかい?」
といって、邪魔をする私の努力虚しく叡一くんがドアが壊れた作業部屋に入っていく。
「……そうだね、この部屋に入っていって、この部屋で窓ちゃんに倒されたよ。この部屋は片付いてないから入っちゃだめだよ」
自然な感じで叡一くんを呼び戻そうと、部屋の入口の外から声をかける。
「通路を通るなんて、TOXにしてはなかなか珍しいね……。この穴は?」
「ゴジが開けた穴。でも、TOXはその中に入ってない。ほら、戻るよ」
子供を呼び寄せるように声をかけるけど、全く気にする様子もない。常識がないのかものすごく厚かましいのか。




