……7月13日(水) 9:35
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第八章 其の人の罪、有りや無しや。其れは有耶無耶。
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「私は聞かないでおくからね」
私はそう言い残してその場を立ち去った。
もうすでに遅刻だけど、リモプレで三時間目の授業には出ることにする。
ユカちゃんと窓ちゃんのことを聞きたいクラスメイトからのリモプレのメッセに「なんか昨日のTOXのことで防衛隊に居るらしいよ。詳しい話は聞けなかったけど」みたいな返信をしながら、授業を受ける。
生物。細胞の話。
理科は大好きだ。詳しく知らなかった事についての話を聞いてるだけで面白いし、授業の内容と身近なことが結びつきやすい。とはいえ聞いてるだけで面白くて満足しちゃって計算練習とかの実になることをするわけではないから、成績は良くないんだけど。
夏休み明けから範囲がウィルスになるということで、教科書を追ってそのまま授業をするのでなくて、コラムと資料集を元に先生がいろいろなウィルスの話を聞かせてくれる。私が特に好きな感じの授業だ。
一般的に生命の特徴と呼ばれるものは三つ。
(1)細胞膜などで内と外が区切られている。
(2)外部からのエネルギーを取り入れ、代謝を行って自分を保つことができる。
(3)子供を作るなどの自己複製を行う。
生命についてのこういう切り分けは、数学の定義のように『そのように定義したもの』を元に全体を作ったという性質のものではない。すでに存在している生物を観察してそこにある特徴をまとめて書き記したようなものだ。つまり、まだ見ぬ生命と出会ったときに変化していく可能性だってあるかもしれない。
ここから始まる生物と非生物の切り分けの話を聞いて、いくつかの実例が頭に思い浮かんで不思議な気持ちになってきた。自分のことを銀沙生命と呼んでいたハルカちゃんはどういう意味で生命なんだろうね。
自分の体のことを『ヒュレー』とかなんとか呼んでいた記憶がある。そこに『知性』をインストールみたいなことをするような話だった。内と外は区切られている感じはする。外部からのエネルギーを取り入れて居るかどうかはよくわからないけど、自分を保つことはできていた。自己複製はできると言っていた。ハルカちゃんの体、つまりヒュレーという方が生命で『知性』は生命に寄生しているだけでもしかして生命ではないとか? いや『ヒュレー』を形作る『エイドス』というものが在って、子供を作るときには『知性』を『ヒュレー』に入れるようなことを言っていたから『ヒュレー』だけでは自己複製はできないのかもしれない。
ハルカちゃんは生物の範疇に入るのか、それとも微妙に言葉が違うから生命だけど生物ではないのか、突き詰めたら面白い話なのかもしれない。
こういった事について、ハルカちゃんには仲間がいるから故郷にはなにかの定義が在って論理も整えられているのだろうけど、じゃあ幹侍郎ちゃんは? 生命なのかどうなのか。内と外の区別はあると言って良いと思うけど、代謝とか自己複製ができるのか、そういうこともわからない。
一方で幹侍郎ちゃんはハルカちゃんの故郷の定義には当てはまる生命なのだろうか?
考えが散らばり過ぎて、知識がないとわからない方向に発散してしまった。更に言うと、いまは窓ちゃんのこともあってそれどころではない。ハルカちゃんや幹侍郎ちゃんの定義がどうであっても、眼の前に居ておしゃべりをして仲良くしている友達だと思えば、だからなんだという話でもある。分類自体は面白いけど、あんまり気にしても仕方ない。
当の銀沙生命ハルカちゃんは、さっきから自分の端末で参加ということになっており、現時点では音声のみ。クラス内の噂で聞いたところによると、ハルカちゃんは新しい端末の設定がまだできてないから音声だけなんだそうな。
……そうか手元の端末の設定か。うまい言い逃れだ。
先生にもハルカちゃんの設定作業を私が手伝ってあげるようにと言われた。
わかりました、手伝いますよ。私がなにを手伝えるのかは知らんけど。
で、四時間目が始まってもゴジは戻ってこなかった。
お昼休みの時間、食堂……じゃなかった会議室でご飯を食べがてら話を聞こうと思ったら、「自首してくる。放課後までには帰れないと思うから、幹侍郎の面倒をお願い」と言って出かけてしまった。
幹侍郎ちゃんのことは全然任されるけど、問題は前半の方。
自首?
なにを言っているのか一瞬理解できず、急いで出ていくゴジを呆然と見送ってしまった。
銃刀法違反のやつだって。
自首って言うのか、そういうのも。言うのかなぁ? 情報提供とかじゃないの?
法律に詳しくないからわからんなぁ……。




