……7月12日(火) 18:00 真宮窓
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第七章 裏山ロケット、長柄のマチェーテ。
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見慣れたサイズの車が、横転したまま突進してくるようで非常に不気味だ。
気を強く。
倒れるとしてもあれを殺した後に。
気力を奮い、まずは視線に力を込める。
青虫の表面に、さっき差し込んだ木の槍の破断面が見えた。
刺さったまま折れたのか。痛々しい。
私は護治郎くんの武器を持ち直して、刀から棒をむしり取った。
バチンという金属の破断音が聞こえた。
本当なら外し方もあるのだろうけど、やり方がわからないし。探す暇もない。
むしり取った跡には、刀を保持するはずの金具が壊れてささくれ立ち、捻れ金属片が残っている。
同じところ。
初撃は飛び道具で攻撃したいけど、銃弾は使い切ったし、銃はさっき捨ててしまった。
手持ちで投げて良さそうなものは護治郎くんの刀。
でも、刃の部分は後の戦いに必要だから、使えるのは棒だけ。
同じところにもう一回。
青虫の装甲は酷く硬いというわけではない。ルークと同じような、プラスチックの様な材質で、均一なので効果が出にくい。砂の壁のようなものだ。
均一でない所、つまり木の槍が折れ残ったところが弱点になっているはずだ。
できるだろうか。
できるかどうかじゃなくて、やるしかない。
命がけの覚悟を決めていまここにいるのだから、できないと諦めてどうするのか。
改めて集中力を高める。
18:28
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青虫が車が走ってくるような加速でこちらへ向かってくる。
履帯の回転も少しだけ速度を上げたが、移動速度の十分の一にも満たない緩やかな動きだ。それでも履帯が回ると青虫の速度を見誤って、衝突のタイミングを目算しづらくなる。
集中、集中。
集中して感覚を研ぎ澄ます。
時間が流れる速度が遅くなった。
葉擦れの音が聞こえる。足の裏に、小さな振動を感じ取る。
TOXから「こん……こん……」という木の棒が断続的に地面に打ち付けられる軽いかすかな音が聞こえてきた。履帯の回転とタイミングが同じだ。木の槍の折れ目が、道路にぶつかっている音か。
TOXにはエンジン音もないし、地面から浮いているから足音や擦過音もない。
木の杭の衝突音のリズム、足裏に伝わるほんの僅かな振動、履帯の傷跡の流れ。
稠密な時間の中で、タイミングを見計らう。
……。
数秒。
青虫が視界の中でだんだん大きくなり、履帯の傷跡も近づいた分だけ大きく見えるようになった。
青虫はまだ速度を上げている。
あれにぶつけられたらただでは済まないだろうという恐怖もある。
脇に避けたら侵攻を止められないという焦りもある。
また数瞬。
18:28
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青虫はもう目前。
気がつくと護治郎くんの棒を槍のように投げていた。
上手く、狙った槍の傷痕に侵入したらしい。むしり残った金具が木の杭に噛み込むカツっという音が聞こえたような気がする。かすかな音だ。これは錯覚かもしれない。
しかし棒が当たっても青虫は止まらない。
あんな棒に青虫を押し返す力なんて無いに等しいんだから、当たり前だ。
それでも新しく刺さりこんだ棒を挟んでしまい、履帯の回転が止まっている。護治郎くんがくれた棒を前向きに引きずったまま、青虫は加速を続けて突っ込んでくる。
あと数メートル。
私は、青虫に刺さったまま目の前まで来た棒の先を、下向きに蹴り付けた。
もちろんただでは済まない。
青虫が進行方向に向けていた運動量の反発で、私は跳ね飛ばされた。
しかしアスファルトは本当は柔らかい。
少しだけ埋まりこんだ棒の先が路面を削り飛ばすが、履帯の回転に合わせて棒の先は更に下向きに埋まり込もうとする。
バキバキバキという金属の棒が折れる音が山間に響く。
棒が音を立てて折れるのと同時に、棒の反対端は木の槍を青虫の内側に押し込む役割も果たし、槍の尖端を反対側まで貫通させた。更に突進していた質量としてもアスファルトに棹を挿すつっかえ棒をされた形になり、青虫は空中に向けて跳ね上がり、前進する速度を大きく落とした。
跳ね飛ばされた私の方は、青虫が進むはずだった方に落ちた。
落下する前に左手に持っていた護治郎くんの刀を山側の路肩に投げ捨てる。刃物を持ったまま地面にぶつかると危険だと判断した。
路面に衝突する時、バランスを取るのではなくて頭を守ることに専念した。
運良く体がゴロゴロと転がり、かなりのダメージを軽減することができた。
折れた槍で貫通された青虫はそれでもまだ進もうとしているが、どういう仕組みなのかもうスピードは出ないようだ。人がよろよろと歩くほどの速度になってしまっている。
私は投げ捨てた刀を拾いに行く。
とどめ。
止めを刺さなければいけない。




