……7月9日(土) 18:00
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第六章 重さとは持ち上げる時に使う力。摩擦とは擦れ違いに抗う力。
しかし、主役二人、ハルカちゃんと叡一くんはふたりとも常の人とは言えないので、ボウリングのような人間の遊びを楽しめるものなのかどうか、個人的に密かに心配していた。
ところが叡一くんには大受けだった。
ボールを転がすのも珍しくて面白かったらしく、更には床面との摩擦でボーリング玉をカーブをさせたりするのを見て目を丸くしたりしていた。
なぜ転がしたボールが曲がるのか理解できなかったらしくて、途中で暇を見つけて私のところに聞きに来た。
あーそうね、普段は宇宙空間だもんね。摩擦無いよね。
「ボールを回転させていると聞いたけど、反動質量があるわけでもないのになんで曲がるんだい? もしやちょっとづつ表面が剥離してるとか?」
「反動質量……? その……、推進剤で方向を変えてるんじゃなくて床面との摩擦で力が加わるんだよ 剥離は……、顕微鏡サイズではしてるかもしれないけど、ボールを曲げる勢いではないと思うよ」
「摩擦! ボールは回転していて接地面が変わり続けているのに、それを計算して利用するなんて難しいことをしてるんだねぇ」
「計算なんてしてないと思う……。繰り返し試行による経験じゃないかな」
「摩擦力で? 高度だなぁ……」
「人間は摩擦に慣れてるからね。叡一くんも自動車は知ってるでしょ? 車輪だって転がるし、あの推進力は摩擦によるものだよ」
「それ用の機能があるものは理屈が合えば僕としても理解はしやすいんだよ。工夫して上手いこと作ってるんだろうなってさ。でもこれは天然の重力と摩擦力を利用した遊びだからね。人間は、絶え間ない重力加速度なんて不自由にもめげずに遊びに利用するんだねぇ。たいしたもんだなって感心するよ」
「……イルカが普段なにして遊んでるのかとか、私も知らないけど……」
なんとなく侮辱的な発言にも感じたけど、イルカの生態とかを知ったら私も同じように不躾な感想を持つんだろうという気はする。だから侮辱というのはきっと気のせいなんだろう。人間相手の言葉としては無神経だっていうのはあるかもしれない。
「とにかくありがとう安積さん、安積さんの説明は僕にはわかりやすいよ。曲げるのが上手い人になんで曲がるのかを聞いても、みんなはどうやって曲げるのかを教えてくれるばかりで、摩擦のことはあんまり話してくれなかったから」
それは聞き方の問題じゃないのか? とも思ったけど、確かに普通にしてたらカーブの投げ方を教えてくれるかもしれない。私はカーブの上手な投げ方なんて知らないから、教えようがないしな。
一方、ハルカちゃんの方はボーリングもまぁまぁ上手かったのだけど、それよりも驚いたのは、なんか用意されたパーティースペースのカラオケブース付近にステージを作ってぞっちゃんと二人で歌って踊ってみたいな余興を披露していた。いつの間にそんなこと練習してたんだ君たち……。
曲は、ハルカちゃんが自前の機械を会場の機材に繋いで流している。ハルカちゃんによると、日本の古代芸能の音楽なんだそうな。ああ、いつも話に聞かされてる太陽系時代のアニメのやつね。音楽をストックしてたのか……。
というかその機械どこから出した何? 買ってないよね?
なんか想像すると怖い考えになりそうだから、スルーしよう……。
そして私がもっと驚いたのは、ステージとか機械とかじゃなくて、ハルカちゃんはボウリングに勝ってたにも関わらず「負けたことにしておいて」といってトーナメントから気軽に抜けてしまったことだ。
そんなことしてもいいのか……。
その発想はなかった。
こういうあしらいの上手さ、ハルカちゃんは私より現代社会と上手く折り合っている気がする。




