……7月5日(火) 16:00
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第六章 重さとは持ち上げる時に使う力。摩擦とは擦れ違いに抗う力。
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「うん。護治郎くん、幹侍郎ちゃんと逃げたほうが良いかも」
「え? 逃げ……られないよ。幹侍郎は地下から出られない」
「そ……そうだよね。ごめんね、上手く言えなくて」
「大丈夫、わかるよ。なにか良くないことがあるんだね……。もっと強いTOXが来るの?」
「ううん……。来るTOXはたぶんまたルークだと思う。けど、たぶん数が増える」
隙間を埋めるように段階を踏んで、理解した部分をこちらが口に出して確認してもらう。
その上で、次の段階につながる推論を提示してイエス・ノーで答えて貰う形で次の段階に進む。これを繰り返せば、無理なく筋の通った話として窓ちゃんの言いたいことを聞くことができる。
逆に言えば、窓ちゃんは話すのが下手だと自分では言っているけど、実際には自分で考えたことを話している。ぞっちゃんなんかと同じやり方で話すと、誰かに聞いた話が頻繁に混ざる。聞き出す私にとってはどこで飛躍したか、飛躍の前後の話の道筋なんかは分かるんだけど、本人発の論理の飛躍じゃない場合なんかが結構あるから途中の階段が埋まらない。ただぞっちゃんの場合は世の中全体と同じ飛躍をしているので、世の中全体とコミュニケーションが取れているし、飛躍が問題になっていることはない様子だ。
もちろん、なにか出来事の正確さを追求したりする場合には階段を飛ばずに踏んでいくことも大事な場合があるだろうとは思うんだけど、私がしたいのは目の前の人とコミュニケーションを取りたいだけだったりするから、だからおそらく、私がひたすらどんくさいのだと思う。
いやいや、今は私のことはどうでも良いんだ。窓ちゃんの話を聞かないと。
逃げたほうが良いのは、ルークが前より多く来るから。つまり。
「敵が増えると手強くなるから、幹侍郎ちゃんが危険ってこと?」
「……ううん、違う。……もちろん敵が増えたら手強くはなるけど、そうじゃなくて、TOXの警告が二度目になると防衛隊の捜査が厳しくなるの……」
「あれ、そっち? 危険なのはTOXじゃなくて防衛隊? 危険ってことは、家が爆破されるとか?」
「危害を与えてくるって話じゃなくて、その、見つかっちゃうかも……」
「見つかる? ああ、幹侍郎ちゃんが……」
幹侍郎ちゃんが見つかってしまうかもしれない危険というのは、本当は私も考えている。昨日もゴジとそんな話をしていた。でも、人間界からこんなに早い時期にわざわざ追求があるかもしれないというのは予想外だった。
くそー、人類どもめ。執念深いなぁ。性質が悪い。
と、文句が出てしまうところではあるけど、繰り返しTOXが来るなら対策が必要だっていうのはよく分かる話ではある。私が人類でもそうする。
いや、私は人類だった。
なんで人類じゃないみたいになってんだ……。
「捜査……。前も調べたのに?」
私が変なことを考えていたら、ゴジが不服そうに窓ちゃんに聞き返していた。
「それは……見落としがあったりするかもしれないから……。ごめんね、護治郎くん」
実際、地下通路見落としてるしね。
「……窓ちゃんのせいじゃないよ」
お、謝らせたきりにしないのは偉いな。
窓ちゃんも窓ちゃんでなんで謝ったのかは不明だけど。
「あー、そういう事か……。でもやっぱり幹侍郎ちゃんが逃げるのは難しいんだよな。うーん、ハルカちゃん、どうにかならない?」
よくわからない方法で逆転が狙えるとしたらハルカちゃんだろう。訪ねてきた人の電波も消せるし、通信にも割り込みができる。体の表面も張替えられるし、どうにかすると空も飛べる。他にできることだってあるだろう。
「どうにかって……。そうだなぁ、例えばEMP攻撃で捜査に来る防衛隊の電子装備を壊滅させることもできるよ?」
EMP、つまり電磁パルス攻撃。電子機器に強力な電磁波を瞬発的に浴びせかけると、その電子機器の中でいい感じに電子が暴れてデリケートな半導体製品なんかは壊れちゃうみたいなことだ。例えば電灯なんかの機械式のスイッチでもガチャガチャ手荒に扱うと壊れやすいと思うけど、半導体ぐらいデリケートになってくると電子みたいな小さいものがガチャガチャするだけで中の小さなスイッチが壊れてしまう。なんかそんな感じのことだ。
「大事になるなぁ……」
「え? イーエム……なに?」
「あんまり気にしないでいいよ。どうせ冗談だから」
窓ちゃんが混乱している。
かなり物騒な話ではあるんだけど、できるかできないかで言ったらハルカちゃんは多分ほんとにEMP攻撃ができるだろうと思う。でも、やるつもりが有るか無いかで言ったら、いまのところたぶんそのつもりはないんだと思う。だから言えるんだよな。
むしろ必要なら勝手に言わないでやるんじゃないかという気がする。
窓ちゃんとユカちゃんの電波遮断のときにしたみたいに。
「まぁ、でも、うちがまたTOXに狙われると決まったわけじゃないからさ」
ゴジが窓ちゃんにそんな事を言って気楽そうに笑顔を見せる。
「叡一くんが言ってるのを佐々也が心配してるだけだから、根拠があるような話じゃないんだし」
「根拠は……まぁ、無いけどさ……」
叡一くんはこの家に来るとも言ってない。
なんで普段は臆病なくせに、こんな時に楽観的なんだよ。
私がそう言うと、窓ちゃんは私とゴジの顔を見比べて少し考え込む。
「そ……そうかもしれないね」
窓ちゃんも説得されちゃうのか……。




