7月5日(火) 15:52〜16:00
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第六章 重さとは持ち上げる時に使う力。摩擦とは擦れ違いに抗う力。
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いまパッと思いつくこととしては、どこかのコンプレキシティにこの半年の間に経時的変化があった――つまり半年前は少なかったけど、ここに来て急に増えた――ということなのかもしれないけど、見えもしないようなものの経時的な変化なんて、私達には確かめようもない。
本質はTOXからの狙われやすさの方だ。
「うーん……」
「まぁ、あんまり気にしすぎないようにしなよ。自分だけで手に負えないようなことがあるとつい暗い考えになっちゃうけど、そうそう悪いようにはならないないよ。仮に辛すぎて生きていけないと思っても、実際に自分をナイフで刺したりでもしなきゃ意外と死んだりはしないもんなんだ。僕はこの二年ぐらい、そんなことばっかりだった」
唸り声を上げていたら、なぜかゴジに慰められた。
ここ最近、ゴジは目に見えて元気になってきているとは思う。他人を思いやる余裕も出てきたんだろう。引きこもりの頃を思い出すと、人間らしさを取り戻してきていてお姉ちゃんは嬉しいよ。
私としてもそこまで気にしてるわけじゃないから、慰めて貰う必要なんかない。
どっちかっていうと、こっちがゴジを可哀想に思うぐらいだ。
ご両親を亡くして、幹侍郎ちゃんを抱えることになって、こうして考えるとゴジは精神的にほんとに大変だったんだろう。今の言葉からは、そういう気持ちが伝わってきた。ゴジが感じていたのが悲しみだけじゃなくて、そういう無力感みたいなものもあったなんていままで考えてもみなかったし、近くにいても察することもできてなかった。
ゴジはゴジで成長してるんだね……。
どことなく後ろ向きな気もするけど、手に負えないことは手に負えないと認めることをしないと先には進めないというのもまた事実なんだろう。それに、そうでないと大変すぎて生きていけないみたいなところもあるんだろうし。
私はもっともらしくこんな事を考えてるけど、実感としては本当のところはわからない。
でも、顔を合わせながらも表面をなでてるだけみたいだった引きこもりのときのゴジのことが、今になってやっと少しわかった。あのとき、そんな感じだったんだな。
「……あとで家に来たら、窓ちゃんにもこの話するね」
「窓ちゃんに? 窓ちゃんは防衛隊だから、知ってしまうと良くないんじゃないかな……」
「だからって隠してもおけないよ。TOXで誰が危険な目に逢うのかと言えば、直接戦う窓ちゃんなんだから」
「そうれもそうか……」
そう答えたゴジは案外ケロっとした顔をしている。
ぞっちゃんのアドバイス通り、早めに話しちゃってよかった。
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7月5日(火)
16:00
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「え……。TOXがまたこの集落に来る……」
玄関口でそんな話をしていると、十五分ほどで窓ちゃんが来た。
一緒に幹侍郎ちゃんのところに降りて行く約束をしている。
家に来た窓ちゃんに玄関口でTOXの件を説明したところ、窓ちゃんが驚きの声を上げた。
口元に手のひらを当てて、わなわなと震えている。
視線はゴジの方に向けいており、目に涙まで浮かび始めた。
「ど……どうしたの、窓ちゃん?」
驚いた様子の窓ちゃんにゴジが慌てて声をかける。
なにも事情がわからないのに、もうオロオロしている。
「護治郎くん……。その、幹侍郎ちゃんと……。あ……その……」
窓ちゃんの言葉を待つけど、続きが出てこない。
時々あることだ。窓ちゃんは順を追って話すのが得意じゃないというか、前提条件を共有していない相手にその前提部分を説明するのが上手くない、みたいな感じだ。その辺に気がついてないでわからないことを延々喋る人も世の中には多いから、窓ちゃんはどちらかといえば会話の前提みたいな部分に自覚的なタイプではある。ギャップを埋めるのが苦手なだけで。
だから実のところ、窓ちゃんはクラスメイトからそう思われてるようなおしとやかで口下手みたいな性格ではあんまりない。たしかに口数は少ないんだけど、昨日の着替えみたいな時にはわりかし強引だし、一緒に遊んだ感想なんかはよく話してくれる。話題も論理もジャンプしがちだけど、合間を補足していけばちゃんとわかる話をしている。
ゴジはおろついてて頼れないので、私が助け船を出すか。
とりあえず、玄関広間に上がってもらって椅子兼物置台みたいなところに窓ちゃんを座らせて、私も座る。
「窓ちゃん。なにかゴジが困るようなことが起こるの?」
「うん。護治郎くん、幹侍郎ちゃんと逃げたほうが良いかも」
「え? 逃げ……られないよ。幹侍郎は地下から出られない」
「そ……そうだよね。ごめんね、上手く言えなくて」




