……6月20日(月) 19:40
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一章 宙の光に星は無し
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「いや、自分で見に来るからゴジはそこまでしてくれなくていいよ。家からすぐそこなんだから。でも、写真はいいね、いま撮ろう。よっ」
言いながら私は自分の携端――手のひらサイズの携帯コンピュータ――を取り出して、カメラを使う。シャッター音のあとに映し出された画像を確認しても単なるほぼ真っ黒。ランタンの反射光とか自動の画像補正で真の暗黒画像ではないけど、見た瞬間に意味が分かる写真ではない。
でもこれでも、加工して明度を上げたらきっとなにかは見えるだろう。
「あーあ。物が何かわからないうちは写真も撮らない方が良いと思うんだけどな……。誰かの所有物かもしれないし」
「写真撮られて困るようなものなら、こんなところに置き去りにしたりしないよ」
「なにか事情があるかもわからないんだけど……、まぁそれもそうだ。近隣住民に不審に思われたら写真ぐらい撮られても仕方ないってのはあるか」
「え? 不審なの? お人形だし、可愛い感じしない?」
「よく見えないからなんとも……。それに、大きな人形ってなんか怖くない? その……、喋るならまだしも」
「喋る人形って……、人型ロボットとかのこと? ロボットなら怖くないのか……。わからないなぁ」
「話せばわかるかもしれないから。それに、人形だっていつでも怖いわけじゃないよ? 少し離れてると人間に見える人形が暗がりにあると怖いんだよ」
「いやー、わからない。それにしても、人形が怖いのか」
ゴジが人形を苦手にしてるなんて知らなかった。確かに人形遊びをしているイメージはないけど、わざわざ口にするほど苦手だとは。身近な人でも知らないことなんていくらでもあるもんだ。
「すごく怖いってわけじゃないよ! ……まぁいいよ。もう行こう」
森の中のフィギュアの方に目を向けながらそんな言い合いをしていたら、私の返事を待たずにゴジが歩きだしてしまった。
ちょっとからかいすぎて、機嫌を損ねちゃったかもしれない。
「そうだ、明日は登校日なんだった」
先を行くゴジに改めて気がついたふりをして背後から声をかけた。
今日二度目のわかりきった言葉だけど、いま黙りっぱなしになるよりだいぶ良い。
「そうだよ。だから明日の朝には、僕はここを通る」
「私も朝のうちに見に来よっと」
「じゃあ、時間によっては会うかもね」
「うん。……私が寝坊しなければ」
その場を離れて股下ほどの高さもない僅かに登ると、大回りに突き当たる。小道を抜けてうちの斜向いに出た。
なにしろ短い距離だ。
「佐々也、おばさんにありがとうって伝えておいてね」
「うん、伝えておく。わざわざ送ってもらってありがとう」
「僕の方も、わざわざ煮物持ってきてもらってるからなぁ。こちらこそだよ」
「それもそうか。まぁでも、ありがとう」
「じゃあね」
そう言ったゴジはもと来た小道に引き返すのではなく、大回りの方に向かう。
「あれ? そっちから帰るの?」
「暗いうちにあれの近くを通りたくないんだよ!」
「なんかごめんね。往復分ぐらいは充電できてるはずだし、よかったらスクーター乗ってく?」
「いいよ別に。遠いわけじゃないんだから」
ゴジは全身で振り返りながらそう言って、少し後ろ歩きをしてから前を向き直して歩いて行った。
帰ってゆくゴジの背中を少し見送る。
私は、あの子が一人で居るところを見るとちょっと物悲しい気持ちになってしまう。一人で居るもなにもご両親が亡くなって引きこもりをしていたんだから事実の方がそれどころじゃないんだけど、そういうちゃんとした理屈の話じゃなくて、映像としてそういう姿を見かけるとなんか意味もなく哀切な感傷が湧いてきてしまうという情緒的な話だ。
可哀想って言うと怒らせちゃうんだけど、気持ちとしてはそんな感じ。
ちょっと気弱だけど体も大きいんだから、もうちょっと頼りになるように見えても良さそうなもんなんだけど、どうしても心細いように見えてしまう。
なんて、事実にも基づかない単なる感傷に浸っていつまでも背中を見送っていても仕方ないから、適当に切り上げて家に入った。




