……7月2日(土)15:30
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第五章 秘密とは隠して知らせる情報
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まあでも、コンプレキシティが視覚における『色』みたいな感覚の主ではないけど感じ取れるなにかだということがわかった。それは要するに、物事の性質なんだろう。そういえば、色覚という呼び方もあるけど、視覚そのものでなくてその一部分だ。
しかしまぁ、感覚なんてものについてこんなに考えてみたことはなかった。なにしろ特に意識しなくても感覚するから、考える必要がないもんな。つまり、叡一くんもそうなのだろう。実際にそう言っているし。
「あれ、そうすると、コンプレキシティっていうのはものに貼り付いているみたいなものなの? その色が物に付いているのを貼り付いているようなものだと表現するとして」
「貼り付いている……。どちらかというと周りに漂っている感じかなぁ……」
「物ならなんでも? 例えば、家とか、木とか、石とか、水とか、空気とか。色で言うと透明の物っていうのもあるけど、厳密には空気にも空気の色があるらしいし」
「こだわるね」
「ごめん。私、好奇心が強くて。でも、好奇心だけの話だから、言いにくいことがあるなら無理に答えてくれなくても大丈夫だよ。目の前にそのことに詳しい叡一くんがいるから、聞いてみようってだけだから」
「ああいや、話を聞いてもらえるのは嬉しいよ。特に安積さんには今後も仲良くしてもらいたいと思う。コンプレキシティが見られるのはなにかについてだったよね。これはね、主に人が多い人間の住む場所にいる動物にも多少はコンプレキシティがある。野生の動物には殆どないね。全般的に人間と関わっている物にはなんでも多少のコンプレキシティがあって、人間が関わっていないものにはあまり無い」
「イルカは? イルカの関わっているものは?」
「ああ、ごめん。イルカにもある。ただ、イルカのコンプレキシティは地球上には殆どないし、イルカのコンプレキシティが高くなってもTOXに襲撃されることはないから、考えから抜けてた」
「そうか、叡一くんはTOXとコンプレキシティの関連に興味があるんだね」
「……。うん、そうだね」
この返答をするとき、叡一くんの顔からは表情が抜けていたと思う。
人間の姿ではあるけど人間ではないから、それが意味するところはわからないけど。
「人間に多くてそれ以外にはあまりないものを宇宙から観測できるものなの? 一人あたりの量がすごく多いとか?」
今度はまたハルカちゃんが叡一くんに問いかける。
「目で物を見るのとは違うから、多いとか少ないとかそういう感じでもないんだよ。遠くからだと全体としての像になって、個別のコンプレキシティが見えるわけではないんだ。光度というか、遠いから薄くなって見えなくなるということはあまり無いね。ただ視野角というか、像の大きさの制約は受ける。遠すぎると点になってしまって存在を認識できなくなる」
うーん……。遠くの風景みたいなことかな。
遠くの山は緑色に見えるけど、それは木が生えてるからで、でも木が一本づつ見えているわけではない。緑色だから葉っぱか。葉っぱなんて木よりももっと見えないもんね。なんとなくイメージはできる気がするけど、私個人に備わってる感覚じゃないから、仮定するしかないみたいなところはあって、分かってるかどうかも分からん。
まぁそういうもんだから仕方ないか。
「佐々也ちゃんは濃くて、私は薄いって言ってたけど、それと矛盾しない? なにか元になる作用、があるって言ってたよね」
「矛盾するかな? よく分からない。元になる作用っていうのは……。説明不足でごめん、僕自身の仮説なんだ。対象によって濃度が違うということはなにかその元になる作用があるはずという考えと、TOXが濃度の高いところを狙うという観察結果を組み合わせて、TOXはそのコンプレキシティのもとになる作用を抑止しに行っているのじゃないか、という仮説を立てているんだよ」
「なるほどね。それで、その元になる作用というのが知性だと考えているのね?」
「……気づかれてたか。そうなんだ、ごめん。でも違うようだ」
叡一くんが謝っている。
これは私も感じていた。どうやら叡一くんは自分が見ているものが知性とか知能とかそういうものに関わっていると考えているらしい、ということだ。ああそうか。私が濃くてハルカちゃんが薄いってことは、ハルカちゃんの知性が低いって意味か。
そりゃ酷いわな。謝るのも無理はない。