……7月2日(土) 15:30
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第五章 秘密とは隠して知らせる情報
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「……不確かな話ばっかりで、聞いてて歯がゆいわね」
ハルカちゃんがそう言って自分の爪をいじる。
とはいえ、ハルカちゃんが言いたいこともわかる。なんだかなぞなぞみたいになってきた。
大企業と私に共通して特に豊富なものなんてあるんだろうか? そりゃあ生まれたからにはなにか特別な、私だけのなにかがあれば良いと思ったことなんてこれまでの人生で何度でもあるけど、実際には窓ちゃんやゴジが持ってるような能力も無く、一番の取り柄であるだろう成績だってまぁまぁぐらいであって際立って良いと言うほどでもなく、割と底抜けにひたすらどんくさい感じの人生ではある。
「そりゃしょうがないよ。僕は僕から見えてるものの話をしてるだけなんだから。なんで『視力』があるのかは生まれつきだからよく知らないし、『見えてるもの』がなにを意味するのか、見えてるだけのことしかわからないんだよ。コンプレキシティを色に例えるなら、TOXが地球の地図を射的遊びに使っていて『赤いところ』ばっかり狙われてるように見えるって話なんだ。なんで赤く見えるかは知らないし、TOXがなんで赤いところを狙うのかも知らない。君たちだって、乗り物の車輪が黒ばっかりなのはなんでかって聞かれても困るだろ?」
偶然だけど、数ヶ月前に調べたことがあってこれは知ってる。
「いや、車のタイヤはゴムなんだけど、これにブラックカーボンを混ぜると強度が増すんだ。だから素材を変えたら別の色のタイヤも作れるけど、消耗品だし、昔から使ってる安い素材を使うのが合理的ってことらしいよ。だから、タイヤが黒いのはそういう素材を使ってるから」
私が急に口を開いたからかもしれないけど、なんとなくシラケた空気が流れる。
「そうなんだ……、詳しいね。でも、それってタイヤを見ただけでわかることかな? それに、なんで君の目にはタイヤが黒く見えるか知ってるかい?」
「……」
タイヤが黒く見えるのは光の反射に関係のあることで、まんべんなくあんまり反射しないからだというのは学校で習ったから知っている。けど、ここで叡一くんが質問を繰り返すことで言いたいのはそういうことではないだろう。偶然知っていることもあるけど、見ただけでわかることかどうかとかそういう事だ。
私だって空気は読めるのだ。さっきのシラケた雰囲気は、本筋と関係なくて別に披露しなくてもいい知識をひけらかした事による混乱だろう。私ぐらい空気が読めるようになれば、読んだ跡の空気の種類も分類できるし言語化もできる。だから、ここでの答えは知ってるよではなくて、別のものになる。
「ああ、そういうことね。そうだね、偶然知ってることはあるけど、関連事項について無限に答えられるわけではないよね。私もそうだし、誰でも」
「安積さんの言う通り、なにもかも質問に答えられたらきっと手早く信頼を勝ち取れるだろうとは思うんだけど、僕も知らないものは知らない。だから、TOXがなぜコンプレキシティの濃いところを狙うかなんて僕にはわからないよ」
ハルカちゃんもここで頷いている。
二人の反応を鑑みるに、私の回答は正解だったらしい。
「そうだね、そうかも。私はユカちゃんの話でしか聞いたことなかったから、コンプレキシティのことはイルカに聞いたらなんでも分かるのかと思ってたけど、そんなこと無いんだね。それが分かったよ」
「ご理解いただけたようで幸いだよ」
途中からハルカちゃんが話しているのを途中から乗っ取る形になってしまった。
まあでも、コンプレキシティが視覚における『色』みたいな感覚の主ではないけど感じ取れるなにかだということがわかった。それは要するに、物事の性質なんだろう。そういえば、色覚という呼び方もあるけど、視覚そのものでなくてその一部分だ。
しかしまぁ、感覚なんてものについてこんなに考えてみたことはなかった。なにしろ特に意識しなくても感覚するから、考える必要がないもんな。つまり、叡一くんもそうなのだろう。実際にそう言っているし。