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寒くなんかない

 肌に氷柱(つらら)が刺さっているかのようだった。歩哨を終えてヤッセンと共に天幕を潜れば、忌々しい風の音が遠ざかる。微かな話し声と、仄かな明かりが凍える身体を温ませた。

「ご苦労だったな。まずは湯を飲め」

「助かる」

 回りの悪い舌でマハルに礼を告げ、縋るように湯飲みを手にすれば、正に極楽。一口含むだけで、吐き出す息にも熱が還った。まだ夜の早い時間だからか、眠っているのはバランとトレット、リースの三人のみで、残りは毛織布に身を包みながら焚き火を囲っている。俺達はいそいそと、その囲いに加わった。

「有難く頂きます…小さな火でも、あるのと無いのとでは大違いですなぁ」

「おうおう、もっと近くで火に当たれ」

 ヤッセンがしみじみと呟けば、ケイルは影を小さく揺らす。そしてその影は、そのままデニオル翁を振り向いた。

「それにしても中は良う御座いますな。今日はラバンの腹に抱きつかずとも、よぉっく眠れますぞ?」

「あ、あれは、枕にしておっただけだ」

 デニオル翁は仲間内の長老でありながら、皆から大変に愛されている。聞けば、かつての鬼の角は、翁、翁と呼ばれるうちにその先端を丸くし、遂には溶けて無くなってしまったらしい。

「大丈夫。恥ずかしくナイよ。わたチ達も寒い時は、ラバンと一緒に寝ルの、当然、常識」

「だそうだ。昨日は私とリースも、フルルに倣ってラバンの腹の間で寝ていたからな。お陰で全く寒くはなかった」

「マハル様も…?いくら大人しいとはいえ、獣なのですから、少しは用心して下され」

 翁が小言を口にすれば、うるさいと言うかのようにパチンと焚き火が爆ぜる。マハルは何も聞こえていないといった顔をしながら鍋に水を足し、鳥の肉が刺さった小枝を二本、焚き火に嘗めさせる。その最中、俺はふと思い出し、懐にあった石を火の中へと投げ入れた。

「ふふふ…しかしだ。ヤッセンの言う通り、やはり火が焚けるのは良いな」

手を落ち着けたマハルが、誰ともなく語ると、ヤッセンはそれを引き取るように微笑んだ。

「今日は、厳重な囲いがありますからな。外から見れば、ただの林にしか見えませんでしたし、光の漏れも皆無です」

 そう、この囲いこそがオーリンだ。今日の日暮れ、俺達はオーリンの群生地を見つけたのだ。かなり密植気味のそれの中央付近に陣取り、更に天幕をあるだけ枝から垂らせば、風除けと目隠しは完璧なものになった。隠れ家の完成である。

「オーリンと名付けた者の気持ちがよく分かる。さしずめ今の私達は、母の腕に抱かれた赤子といったところだな」

「大きな赤ん坊がいたものですわい」

 とそこで、ヤッセンらの笑い声に混じって、ぱちゃぱちゃと水の跳ねる音がした。

「あ!やっぱり生きテたヨ!」

 いち早く、水桶に駆け寄ったフルルが報告を寄越した。そして、フルルが桶を焚き火の近くに置き直すと、俺達もその中をしげしげと眺めた。

氷魚(ひうお)と言ったか?不思議なものだな」

 俺が氷魚を見つけたのは、この近くの川辺だった。見つけたと言っても、その時はそれを、ただの氷塊だと思っていたのではあるが。何故、こんな川辺に氷が浮かんでいるのかと不思議に思って見ていると、フルルが解答を示した。フルルが言うには、この辺りの川の上流では夏でも雪や氷が残り、時折こうした塊が流れてくるのだそうだ。氷魚は、氷の下の冷たい水の中で棲息するために、中にはそのまま閉じ込められてしまう間抜けなやつも存在するらしい。この二匹のように。

「凍ったまま生きているとは…少し、恐ろしくもある。その間、どのような時を過ごした、のでしょうか、こいつは?」

 解けた氷の中から現れた氷魚を見て、デニオル翁はぶるりと身を震わせる。

「…あまり想像させるな。気持ち良く眠っていた、と思うことにしよう」

 そうマハルが諫めたきり、マチの者共は黙り込んでしまった。そして、元気に泳ぎ回る二匹の氷魚を、まるで芋虫でも見るような目付きで凝視している。眺めるのも良いが、俺はそれよりも優先すべきことがあるように思った。氷魚を、どう調理してやるか決めねば。

「さて、どうやって食う?」

 そう俺が問えば、今度はムカデでも見付けてしまったのか、ぎょっとした眼差しがこちらに向けられた。

「食う気か?」

 まず、ヤッセンが口を開いた。折角の獲物を食わんでどうするつもりだ。

「食わんのか?汁物の具にでもすれば、皆に行き渡るぞ」

「…ちと可哀想だとは思わんのか?こいつはたった今、自由を得たんだぞ?」「うむ。あまりに不憫だ」

 ヤッセンらの言わんとするところは理解はできる。だが生き物なのだ、食う食われるは常。ただ死んでしまうよりかは、俺達で有り難ぁく召し上がってやるのが良かろう。しかし今のままでは、調理することすら反対されかねん。

「繊細な奴等だな。フルルは食うだろう?」

 ヤッセンに同調するマハル達は置いておき、俺の味方になりそうなフルルに目を向けた。

「うん。氷魚は、とってもオイシーからネ」

 きらきらと歯を見せるフルルは、やはり俺と同類だった。この援軍は心強い。マハルのご贔屓であるフルルが食うと言えば、駄目だなどとは誰も言うまい。

「では、どうやって食う?」

 俺が改めてフルルに問えば、マハル達の視線は全て、フルルに向かった。

「生きてル氷魚は、生で食べルのが一番!身体が元気になルヨ!」

「ほう」

 川魚を生で食らうとは珍しい。洗いにでもするかと俺が考えていると、ぶんとマハルが腕を振り、フルルの肩を揺さぶった。

「生でだと!?腹を壊すだろう!」

 それにフルルは、きゃたきゃたと笑い声を上げた。

「生きてルのは大丈夫。お兄達はナ、小さい氷魚、動いてルまま飲み込んじゃっテたヨ」

「生きたまま、丸飲みに…」

 マハルはぴたりと動きを止め、フルルに向けていた黒目ばかりをぶるぶると震わせた。いかん、逆効果だった。流石に踊り食いは刺激が強過ぎだ。この小さな援軍は俺の手に余る。ええい、もう面倒だ。

「フルル、こいつは丸飲みにはデカ過ぎる。それに、外で凍えている二人のためにも、今日は汁で我慢してくれんか?」

 キユイルと()()()を出しに使うとしよう。

「そうだネ。温かくしテ、食べルも好きー」

「よしよし。では、氷魚汁を作ろう。この後、歩哨をする者は、当番を終えてから汁を飲め。きっと身体の芯から温まるぞ」

 俺とヤッセンは、朝方にもう一度、当番がある。鳥の串焼きに加えて、熱い汁。歩哨を終えてこいつらが待っていれば、白湯以上に有り難かろう。俺が包丁代わりの短刀を取りに立ち上がると、同時にマハルは毛織布を脱いだ。

「…そうだな。私も手伝おう。デニオル達は、そろそろ眠れ」

 そう言うと、マハルは桶をひっ掴んだ。手下共のためならば、といったところか。スキルを使ったマハルは、当番を免除、というよりは禁止されていた。手下共が強引に決めてしまっただけなのだが、マハルはそれが落ち着かないのだろう。

「焼けたぞ。食べたら眠れ」

 ヤッセンに串焼きを手渡しながら、マハルは厳命した。

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