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忘れてなんかないもん

 結論から言えば、俺、ではなく、マハルは彼等の信用を得て、無事にラバンを借り受けることに成功した。

 男の言っていた腹痛とは、食あたりに近いものであり、治癒の奇跡により症状は劇的に改善した。その後の交渉にはやはり時間がかかったものの、然したる問題は無かった。交渉のためにと用意してあった品々もほとんど必要とされず、ラバンの代わりに馬を預け、その世話役として兵士が一人、ここに残ることで落着した。

 彼等は馬の世話など知らんのだ。まさか、人質ということもないだろう。

 そのまま彼等の住居を一晩の宿とし、万全の状態で朝を迎えた。

「アルスが前に出会った一族とは違ったようですが、これはこれで良かったように思います。互いに利益が生まれました」

「そうだな。酷い目に遭ったのは、俺一人だ」

 一足早く活躍したバランは、意気揚々とラバンに跨がった。気性が荒いかに見えたラバンは、実に大人しく、暴れることなく指示を待っている。ラバンが手綱を引くとバランは?

 バラン?ラバン?頭の中で繰り返す内に、どちらがどちらやら、分からなくなってしまった。

「いえいえ。私も、とある人物の密告により、昨晩は大変な目に遭いましたよ」

 だが、別段不具合は無い。ラバンもバランも、一緒になって俺をじろりと見ていた。

「それは気の毒なことだったな…マスラバン=マスバラン司祭殿」

 確か、このお喋りな人物はバランだったはずだ。

「冗談はさておき、ラバンの民のような生き方もあるんだ。俺達の郷のような集落も、別段珍しくないのかもしれんな」

 ラバンの民の本当の住処は、西に見える山脈にあるらしい。彼等が言うには、山脈の中でも標高の高い所では、魔獣が存在しないのだとか。要は、それほどまでに厳しい環境なのだ。だからこそ、夏至が近付くと、ラバンを肥らせるためにこの台地へと下りてくるのだろう。

「そうですね…おおっと」

 彼等の住処を出発すると、すぐに急な斜面に差し掛かった。草木も疎らな黄色っぽい山肌には、ざらつきのある落雁の如き大岩がいくつも生えている。桃色のそいつは意外にも、巨大なラバンが足を乗せようと、びくともしない。

「十分に気を付けろ。こいつらは馬と違って、よく跳ねる。落とされるなよ?あとはこの岩だが、見た目ほど脆くはない。が、念のため、同じ所を歩かせろ」

 半分は己に、もう半分は、後ろに続くマハルらに向けて。俺は案内役らしく、細心の注意を促した。しかし、残念ながら、マハルからの返事は無い。昨日、リースの胸元をちらりと見ただけのことで、ここまで無視されるとは思えない。やはりこれは、ラバンの民との出会い頭の一悶着が尾を引いていると見るべきだろう。あれは失敗だった。警戒したことは間違いでなくとも、まず一言、助けると伝えてやれば良かった。無念だ。

 それにしても、勇士はここを駆け下りたというのか?生来の気質もあるのだろうが、我が子を愛する故か。まったく、恐れ入る。これは坂と言うよりはもう、崖といった趣があるぞ?

 もしや俺は、実に良い判断を下したのではないか。このような崖など、馬の足では、とてもではないが登ることなどできないはずだ。ところが、このラバンというやつは、突き立つ岩をも足場にしながら急斜面を軽快に登っていく。厳しい環境こそが、こいつを強くしたのだろう。やはり生き物とは素晴らしい。その背に乗っかるだけの俺達に必要なものは、ラバンの操作術などではない。手綱を離さぬ握力と、度胸だ。

「だ、旦那ァ~!本気で、こんな所を通るっすか?!」

 マハルからの返事は無いが、随分と遅れてトレットの泣き喚く声が届いた。

「あぁ。これが最短経路だからな。ついでに朗報だ。こいつらのおかげで、予定よりも早く、郷に辿り着けそうだぞ」

 この行進の開始当初、平地はともかく、この山岳地帯だけは馬に頼らず、自力で走らねばならんと思っていただけに、これは嬉しい誤算だった。

「後ろがつかえてるよ!早く行きな!」

 最後尾からリースが急かすと、トレットの乗るラバンは、主人の悲鳴を無視してひょいひょいと岩場を跳ねる。少しばかり表情を強張らせたデニオル翁がそれに続くと、あとの者達は平気な顔でラバンを跳ねさせた。マハルと()()()などは、飛んで跳ねてを繰り返すラバンの上で、なにやら会話を交わしている。よく、舌を噛まないものだ。

「ひっ…お、落ちちゃうっすよ~!」

 フルルは、ラバンの民の娘だ。昨晩の話し合いの時点では、同行する予定など無かったはずなのだが、出発の段になると当然のようにマハルの隣にあった。

 ラバンの民は、この辺りの地理にも明るいはずである。マハルめ。俺の案内が役に立たんとなれば、早晩、お役御免にするつもりだろう。そうはさせるか。お役御免どころか、こっちが団長を乗っ取ってやる。

 む?待て待て。俺は確か、マハル達の真意を探ろうとしていたのではなかったか。完全に失念しておった。

 旅の始まりに主導権を掌握されてしまってから、ちょいとだけ大人しくしておこうと静かにしている内に、いつしか爪は深くにしまわれ、牙まで抜け落ちた。このままで良いのか?勇士の子らの身の安全に関わるのだ。半端なままで良いと思っているのか?

 かっと目を見開くと、真意を見極めるべく、マハルを睨み付けた。

「これはいい!何頭か売ってもらえないものだろうか?」

 マハルは未だ、フルルとの会話を続けていた。会話に集中する余り、周囲の警戒どころか、足下の状況確認すら疎かになっているといった有り様だ。無用心にも程がある。呆れて声も出ん。他の奴らは何をしている?

「気に入ったなら、お兄に聞いてみるがいいヨ。わたチからも言ってあげル」

 フルルが暢気にしているのは、俺が注意することでもない。だがな、デニオル翁よ。なんだその緩んだ顔は?ケイル、ヤッセン、お前達も少しは主人を諫めよ。キユィル、お前もだ。俺を睨む暇があるなら、仲間の気を引き締めてやれ。

「ははは!それは心強いな。是非、頼む」

 マハル、お前はまた素の表情が出てしまっているぞ。だらしがない。だがどうだ。そんなマハルを囲むあいつらは、娘や末の妹を見守る家族のようではないか。何のことはない。あいつらも心の底では、主人の自然な振舞いを喜んでいるのだ。

 全く以て馬鹿らしい。こんな奴らが、郷を支配できるものか。

「トレット。この先に、魔獣の気配は無いな?」

 五人組が腑抜けておるのなら、俺が団長として率いてやらねばなるまい。

「それどころじゃないっす!」「今のところ、パピヨン達は何も見付けちゃいないよ」

「了解した。引き続き頼んだ」

 五人組は当てにならん。まともな返答がリースから得られると、俺はもう一度、マハルに目を向けた。流石に何か意見があるかと思ったのだが、向こうはこちらを見ようともしない。ならば、好きにさせてもらおう。この岩跳びに反対意見も無いのなら、このままの進路で良いだろう。

「今朝は、えらく張り切っておいでですね」

 そうだ。このお喋り男を尋問するという手段もあったな。

 だが、それも必要無かろう。今から俺は、団長だ。

「まあな。昨日までは、ちと遊びが過ぎた。そろそろ本気を出すか」

 このような虚勢に効果があるとは思えんが、まずは己を調子付けることから始めよう。

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