(8)
ジュリアンがソフィーの病室につくと、入り口にまだ根っこのついた花が置かれてあった。ジュリアンはそれを拾い、中に入った。
「具合どう?……これ」
拾った花をソフィーに渡す。ソフィーは受け取ったものの肩をすくめた。
「こう毎日だと、ちょっと恐くなっちゃう。最初はあなたかもと思ったけど」
ジュリアンは首を横に振った。
「一応、大きな花束抱えて来たデイブにも聞いて見たの。そしたら、咲いてる花は勝手に抜いちゃだめなんだろ? だって。いったい誰が……」
ジュリアンはソフィーの周りに生けてある花瓶の花を見回した。
「まだ寒いのに、もう公園には春の花が咲き出してるんだよ」
そう言って花を一つずつ指さし始めた。
「その花はカレンデュラ。軟膏にして、皮膚の炎症なんかに使われる。あれはカモミール、ステラリア、パッションフラワー、ラベンダー……。みんな、今公園に咲いてる薬草なんだ」
「え?」
ジュリアンは、今置いてあったソフィーの手に握られた花に目を向けた。
「その花はライラック。昔から家を守るお守りとして使われてる。花言葉は、友情。考えすぎかもしれないけど……謝りに来たのかもしれないよ」
驚いた顔を見せたソフィーの表情がふっと緩んだ。
「あなたは、最初から信じてたのね」
「え?」
ソフィーは自分に納得するように頷いた。
「……そうね、あのベンチにいたのは幽霊なんかじゃなかった。思い出したわ。リンゴの木に集まるのは妖精。私、焼きもちやかれたのね、その妖精さんに」
ソフィーはふっと軽く息を吐く。
「もう、いいわよ」
「え?」
「毎日のお見舞いは、もう結構」
「……え?」
「責任感じなくてもいいってこと。傷もだいぶいいし。もうすぐ退院できるし。……それに、私を好きなわけじゃないでしょ。気になっている子、いるみたいだから」
「……ごめん」
しばらく会話が途切れた後、吹っ切ったように、寂しげだったソフィーが微笑んだ。
「今度公園に行ったら、その妖精さんに伝えて。もう心配いらないって。もう、お花も結構だって」
「うん、伝えておくよ」
ジュリアンは病室のカラフルな花を見回し微笑んだ。
そして……いつもの公園。
ルブランは撤去される自分のベンチを見ていた。男二人で抱えたベンチがトラックに乗せられる。でもルブランは何の抵抗もしなかった。ただトラックの荷台に揺られるベンチを見送った。
ベンチのなくなったリンゴの木の下、ルブランはおそるおそる腰を下ろした。そこはもう自分の場所じゃないような気がして、寂しかった。
この間の猫達がまた同じ場所で寄り添うようにくっついている。ルブランは猫達に近づいた。
「お手」
手を差し出す。
「しないか」
ルブランが頭をなでようとすると、猫達はさっさとルブランから離れていった。猫の背中を見つめるルブランの目が揺れていた。
「……あいつ、ふかふかだったな。温かそうだった」
つーっと目から涙が出てきた。
「なんだよ、これ」
ルブランは何度も手で拭った。でも止まらない。鼻を啜り泣いているルブランは、近づいてくる足音に気づいていなかった。
「あの……」
後ろで声がする。ルブランは声のする方を見上げた。
「これ……」
ジュリアンがハンカチを差し出していた。ルブランは周りを見回した。自分の他には誰もいない。この人は自分に話かけているのか? 唖然としているルブランにジュリアンがふっと笑いかける。そしてしゃがみ込んでルブランと同じ目線になると、ハンカチをもう一度差し出した。
「涙、拭いて」
その時、ルブランははっきりと見えた。ジュリアンの瞳に自分の姿の映るのを。
・・・その後のことは、よくわからない。エルダも次の街に行ってしまったから。
ただ、あれから一つ変わったことがある。
ある朝、ケヴィンは気持ちよく目が覚めた。目が覚めた時ベッドに寝ているのはずいぶん久しぶりだった。背中も痛くないし、寒さを感じることもなかった。ケヴィンは大きく背伸びをした。
「ケヴィン、起きてる~?」
母親の声がした。ケヴィンは時計を見た。ちょっと早起きしたみたいだ。嬉しかった。
「は~い!」
ケヴィンは元気な声で返事をしていた。
(完)