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「♪右の穴は、ジョニー・カルトン、その隣は牧師のジョン・プラリー〜」

 奇妙な歌声が響き渡るは、歌劇場でもなく、コンサートホールでもない。

 誰もいない、雑木林の揺れる音がBGMになっている墓地だ。

「♪そ・し・て、3番目はやたら目つきが悪いぞ、リューさ〜んっ」

 歌っているのは、男の子。この間チッサに薬を持ってきた、ネイサンと呼ばれていた子だ。ショベルを肩に背負って、空いている穴の周りを回っている。


 「・・・あ〜あ〜、行ってらっしゃい、ソルト・ミューワー〜〜」

 歌は6つ目の名前が出たところで終了し、はぁ、と少年は大きなため息を落とした。

 

 人間って、ほんと脆いよなぁ。ちょっと気温が落ちると、すぐに体力も気力もなくなっちゃうんだから。

 男の子はさっき訪ねた、カビ婆さんを思い出していた。昼間は元気だったのに、夜になると途端に、全ての力を寒さに吸い取られてしまったように衰弱していた。

「この間掘ったばっかなのに・・・」

 ちょっとこのペースは早い。もっとみんなに健康でいてもらわねば。

 男の子は考えた。

 チッサにあげている薬草をみんなにも分けてあげるのはどうだろう。でも、あれは結構貴重だから、探すのに時間がかかるだそう。

 ふっと、男の子は暗闇を見つめた。小屋につけられた夜間灯の向こうに、何かがいる。

 いぶかる間もなく、誰かすぐにわかった。あの時チッサの側にいた犬だ。エルダとかいう。


 男の子は少しイライラしてきた。じっと見ているのに、エルダは自分に近づいてこない。声もかけてこない。

とうとう、少年は自分から夜間灯の方へ近寄った。男の子の姿が、灯りの中に浮かび上がる。

「何か用?」

 仕事もしなきゃいけないのに。僕に用があるなら早く言ってほしい。

 それを待っていたかのように、エルダもゆっくり近づいてきた。暗かった影が、灯りでその姿を映し出した。

「すまない。俺は、君を暗闇の中で見る勇気がない。話しかけることもできなかった。来てくれてありがとう」

 なんだ? えらく丁寧だな。

「で、何の用? 僕仕事があって忙しいんだけど」

「・・・君は・・・」

 エルダの次の言葉がなかなか聞こえてこなかった。

「何?」

「君は・・・死神なんだろう?」



「そうだよ」

 なんだ、そんなことか。

 チッサの家にいる時から、変な視線を向けていたけど、それが聞きたかったのか、この犬は。

「それをわかってて会いに来るなんて、君、死にたいの?」

 エルダが大きく息を吸う音が聞こえた。ささっと終わらせたいけど、会話は弾むようにはいかないみたいだ。

「いや、君には俺の命が取れないのは知ってる」

「じゃあ、何しに来たわけ?」

「自分の仕事を・・・して欲しいんだ」

 死神は笑った。

「面白いこと言うね、今、君が邪魔しに来たのに?」

「俺が言ってるは、君の本来の仕事だ。君の役割は、死が近い者に寄り添って、次の世界への旅立ちを助けることだろう? 穴を掘ることじゃないはずだ」

 死神は言葉が詰まった。

「聞いたんだ。この辺は、数年死者が出ていないそうだな。それは、ちゃんと君が仕事をしてないってことになる」

「うるさいなぁ! なんで君にそんなこと言われなきゃいけないんだ。指図される筋合いはない!」

 死神は声を荒げた。でも、エルダの言葉選びは慎重だった。

「なぜ、死人もいないのに穴を掘る?」

「お前には関係ないだろ! もうさっさといなくなれよ」

 しばらく沈黙があった。エルダが動く気配はなかった。

「君が仕事を休んでいるから、旅立てない人が増えてきている」

 エルダは墓の方に目をやった。

「穴は7つ。7人。みんな待ってるんだ、準備を整えて。・・・チッサも、待ってる」

 死神の胸が、ドクンと大きく揺れた。

「お、お前は・・・、ちょっとチッサと仲良くなったからって、いい加減なこと言うな。チッサは、薬も効いて、顔色もどんどん良くなってる!」

 エルダは何も言わない。

 何だよこいつ。僕は楽しく暮らしたいだけなのに。

「チッサも、もう準備万端だ」

 「いやだ! 僕はずっとチッサといるって決めたんだ!」

「チッサは死なない! チッサは死なない! チッサは死なないんだ!」

 気がつくと、死神は子供のように地団駄を踏んでいた。


 死神が放った声の余韻が消えた頃、エルダが口を開いた。

「ネイラン」

 死神ははっと顔をあげた。

「大事な人の願いを叶えてやろう。それができるのは、君だけだ」

 チッサの願い。。。

「順番通り、一番目の穴を埋めてやってくれ。自然のサイクルに戻してやってくれ。そしたら、自分は仕事をちゃんとしてるって、自分に言い聞かせて苦しくならなくてすむ」

「お、お前に何がわかるんだよ!

 エルダが死神に背を向けた。

「大丈夫だ。そんなに思いが強けりゃ、いつかどこかでまた会える。人間は、みんなそう言う」

「おい、話はまだ終わってないぞ!」

 暗闇に消えていくエルダの背中に、死神が叫んだ。でも、返事は帰ってこなかった。



 エルダの足音が聞こえなくなっても、死神は夜間灯のところで動けないでいた。

 なんだ、なんでこんなこと言われなきゃいけなきゃいけないんだ。なんで・・・。

 エルダの言葉で、整理整頓されて引き出しに閉まっていたものが、全部飛び出してきてしまった。

 部屋の中はぐちゃぐちゃだ。どこに何を閉まっていいのか、どうすればいいのかわからない。


 そうだ、チッサのことを考えよう。

 チッサの顔を思い浮かべたら、死神の顔に笑みがさした。

 嫌なことがあると、いつもチッサのことを考える。心が落ち着くからだ。


 最初にチッサが僕に挨拶してくれたあの日は、本当に印象的だった。

 家の前に立っていたら、チッサがあの窓を開けたんだ。

 誰かいる? って。

 チッサの顔は春の太陽の光で、桜色にキラキラ光っていた。

 (こんにちは、誰かいるの?)


**************

「・・・こんにちは」

「やっぱり。なんか窓を開けたら、素敵な出会いがあるような気がしたんだ」

 素敵な・・・僕に会うのが。

「ねえ、湖は見える?」

「ここからじゃ見えないよ」

「じゃあ、ここで一緒に見ない。ここからの景色はすごく綺麗なんだって。僕は目が見えないから、教えてよ、何が見えるのか」

「・・・いいけど」

「じゃあ、来て。階段上って左の部屋」


 僕は階段を上っていく時、なぜか君に会うのにドキドキしてしまった。緊張して開けたドアの向こうで、君は僕を待ってくれていた。

「こっちに来なよ」

 チッサはベッドをぽんぽんと叩いて、僕の場所を空けた。

「きれい・・・だね」

 二人で景色を見ながら、僕はポツリと言っていた。

「でしょ? 良かった、君が喜んでくれて」

 

 それから、何度も遊びに行って、昼も夜も、チッサが起きている時、僕は話をした。

「ネイサンが話すと、僕の目の中に全てが映り出すんだ」

 チッサは嬉しそうにそう言った。

 もっと教えてあげられるよ。もっとチッサの目の中の世界を広げてあげられるよ。

 僕はずっとずっと、チッサといたいんだ。

 **************


 死神は夜間灯の下を出た。暗闇の中で、輝く星を見ようと思った。

 夜空を仰いだ。死神の顔が曇った。

 それは、雲が張り出してきあたからでも、いつもより、星の輝きが鈍いからでもなかった。


 あの三角星の星、もうこの時間に山の麓にいる。ついこの間まで、てっぺんにオレンジ色を放っていたのに。

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