(3)
ん?
最初、体のどの器官が反応したのか、エルダにはわからなかった。でも、体のどこかが異変を覚え、エルダは
安眠から引き離された。
エルダは目を開けた。薄暗い部屋。月明かりがうすく部屋に入り込んでいる。
自分は居間の暖炉の前にいる。家の明かりは消され、暖炉の火も始末されている。体には触りの良い毛布がかけられていた。
そうか、そのまま寝かせてもらったんだな。ダグは用意された部屋でいったんだろう。
エルダはそっと起き上がり窓辺に近づいた。月は見えない。しんしんと音のない音が辺りを包んでいた。
まだ真夜中だな。
夜明けまでは時間がありそうなので、もう一眠りすることにした。
エルダはもう一度暖炉の前に戻り、自分で毛布をかけた。
朝方はもう少し冷えるかもしれないから、しっかりと体を包んでおこう。
目を閉じた。
エルダは、自分がどうして目覚めたのか、考えるのを忘れていた。
自然に瞼が重くなりり、意識が遠のこうとする・・・その時だった。
ザクザクザク・・・・。
エルダは、目を見開いた。なんだこの音。
ザクザク・・・。
どこから聞こえる? 外か?
音がどこから聞こえるのかわからなかった。いや、音に集中したくないと、体が嫌がってる。
なんだ、これ?
気がつくと、エルダの全身から汗が噴き出していた。
ザクザクザク・・・・。
体が震え出した。
こんな音、今まで聞いたことがない。
ザクザク・・・。
ダメだ。エルダは、感覚器官を塞ごうとした。
とても耐えられない。音なのかこれは? いったいなんなんだ。
ザクザク、、、ザクザク。
やめてくれ、頭が痛い! やめてくれ!
「すまんな、一緒に部屋へ連れていってあげりゃ良かった」
「私も気づかなくてごめんなさい、ここはやっぱり夜は冷えるのね」
ダグとエリサが、ぐったりとしたエルダを覗き込んでいる。
エルダは二人を上目遣いで見た。体がまだ少し震えている。
「もう少しで暖かくなるからね。これ飲んで元気だして」
エリサはエルダのために、温かいミルクを持ってきてくれた。朝から暖炉まで入れてくれた。
寒いわけではなかったが、ありがたかった。精神を安定させるにはやはりミルクがいい。
ひと舐めしたミルクの暖かさは、じんわりと体中へ流れ、震えを少し癒してくれた。
エルダの具合が悪くなったのは、もちろん、部屋が寒かったからじゃない。昨夜の音のせいだ。
あの音は、空が白み始めるまで続いた。エルダは音が聞こえなくなるまで悩まされつづけたのだ。あの音への嫌悪感が今も残って消えない。
いったいあの音は何だったんだ?
ダグもエリサも音の話はしていなかった。ぐっすり寝ていて気づかなかったのか? それとも、また近くに「あれ」がいて、俺にしか聞こえなかったのか?
特殊な才能ゆえに、いつも悩まなくてもいいことに悩まされてしまう。
何にしても、エルダは決めていた。
もう少し休んだら、ダグの前で元気に立ち上がり、全回復をアピールするんだ。
とっとと、ここから出たかった。あの音をもう一度聞くなんて耐えられない。
ダグは動いていないと耐えられない性分だから、この家に長居はしないだろう。
と考えて、ふっとエリサに照れ笑いするダグの顔がよぎる。
いやいや、とエルダは首を振った。さすがに、自分の知るダグはそこまではしないはずだ。
どうにか夜までにここを出られる方法がないか、是が非でも考えだそうと思っていた。
が、そんな必要がないことはすぐにわかった。残念ながら、全ては昨日決まっていたのだ。
「本当にご迷惑をかけて、申し訳なく思っています」
「いえいえ、昨日も言ったとおり、俺は決まった仕事はないし、気にせんでください」
耳に入ってくる会話に、嫌な予感がしたのは言うまでもない。
「やっぱり別の方を探してみようかしら。もしその方の都合がつけば・・・」
「いや、そんな手間かける必要ないですよ。ほんと気にせんでください」
それに、と、ダグはエルダへ視線を落とした。
「こいつにも無理させたから。ちょっとした休暇ですよ。俺がありがたいぐらいです」
「本当にありがとう」
エリサが微笑み、ダグの頬が緩む。
・・・休暇?
・・・きゅう・・・か?
「エルダ。心配すんな。もう少しこの家に厄介になることになった。ここでゆっくり休んでくれ」
ダグが優しい目つきでエルダを撫でた。
え・・・?
狼狽したエルダが、不注意に足をミルク皿に載せてしまったために、ミルクが全てこぼれてしまったことは、これから残る忘れてしまいたい思い出の一つとなる。