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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

正当なる毒殺

作者: すおう契月

粗筋のような走り書きです。

のほほんとした空気の作品を書いているとたまにこういうのも書きたくなりまして。

気分転換に書いてみました。


注:ハーブについては架空の設定です。






 半年前、姉が死んだ。

 家は未だ、火が消えたように沈鬱な空気に包まれている。姉の墓前に花を手向けながら、私は謝った。


「ごめんなさいお姉様……犯人達をそちらへ送るのに、こんなにかかってしまって」




 姉は普通の侯爵令嬢だった。

 侯爵の父と正妻の間に生まれた第一子で、皆に愛されて育った。その愛を、母を亡くして引き取られた庶子でしかない私にも構わず与えてくれた。


 婚約者との仲もよく、結婚までもうすぐだったのに。

 王宮で開かれた茶会に参加しただけなのに。


 間違って毒殺されたのだ。


 王宮での惨劇、ましてや死んだのはお茶会の最中、被害者は侯爵令嬢とあって、すぐに実行犯は捕まった。王宮に勤める侍女だった。

 しかし誰が裏で糸を引いていたのかは判明しなかった。侍女は牢に入れられていたのに、これまた毒殺されたのだ。


 だが犯人は分かっている。

 王子の婚約者の公爵令嬢。


 お茶会での騒ぎに慌てて駆けつけた私は、公爵令嬢がぽつりと「こんなはずでは……」と呟くのを聞いたのだ。

 彼女は婚約者である王子の浮気相手を殺すつもりだったらしい。

 気絶したり蒼白になるお茶会の参加者達と違って、その目には苛立ちを湛えていた。


 政治と愛憎にまみれた三角関係。

 まったく関わりのない姉は、はた迷惑な間違いで死んでしまった。

 それなのに、犯人は自由の身だ。

 原因である王子も、婚約者の公爵令嬢も、浮気相手の伯爵令嬢も、誰一人罰を受けていない。


 絶対に許すものか。

 私は復讐を決意した。


 元々十五の成人を迎えてすぐから、私は王宮に侍女としてあがっていた。

 母が死んで、父の家――侯爵家に引き取られたものの、庶子は肩身が狭い。姉は愛してくれたし、兄も冷たいということはなく、正妻の奥様にひたすら無視をされるだけで、使用人達も無関心でいてくれた。

 姉が気遣ってくれたため、辛い思いひとつせず、良い暮らしをさせてもらったと思う。

 ただその分、居心地の悪さがどうしても心にあって、成人したら家を出ると決めていた。


 この国では十五で成人だが、職に就くか結婚するまでは大人と見なされない。

 けれど王宮勤めを始めた私は、姉や兄と違って十五で自己責任をとれる"大人"となった。

 姉はたいそう心配してくれたが、茶会や夜会で王宮に来ても遠くから眺めるだけで、公の場では侯爵令嬢と侍女の関係を全うした。

 手紙だけは頻繁にやり取りして、休みの日にはたまに侯爵家へ顔を出すことで許してもらっていた。

 だから、姉の婚約者である伯爵令息とも顔見知り以上友人以下の知人くらいにはなっていた。


 その彼が姉の墓の前で慟哭していた。


 父母は王宮とのやり取りや取り調べもあって嘆いている余裕はなく、また現実を受け入れられないような心地があったのだろう。

 心が凍ってしまったかのように、兄も両親も泣けずにいた。対照的な姿に、気づけば声をかけていた。一緒に復讐をしないか、と。


 それからは、王宮の侍女として私が、伯爵子息として彼が、それぞれ王子の周囲の情報を集めた。

 王子の婚約者――公爵令嬢と、王子の浮気相手――伯爵令嬢のこともだ。

 令嬢二人はその気になれば容易く手にかけられる。だが王子はさすがに王宮の守りが固く、殺すのは難しい。


 姉の婚約者と約束したのは、自分たちは復讐のために命を投げ出さない、という事だ。

 それをしたら、姉は絶対に怒るだろうから。

 自分たちの命を蔑ろにしてまで復讐なんてするなと言われるに決まっている。だから、私達が復讐したとバレないように、実行する必要がある。


 姉は命を取られたのだから、命で贖ってもらう。そのために私達は時間をかけて慎重に動いた。

 ただしタイムリミットはある。

 王子の結婚までだ。公爵令嬢か伯爵令嬢かは分からないが、結婚したらどちらかは王族になる。手が出しにくくなってしまう。その前になんとかしようと決めていた。


 義兄は伯爵家を継ぐ予定だったが、万が一のため、家督は弟に譲ることにした。

 元々彼は、森の多い領地のためになにか特産品を、とハーブの研究をしていた。それを悪用すると決めた義兄は「なりふり構わず事に挑まないと三人への復讐は果たせない」と寂しそうに笑っていた。

 姉と継ぐはずだった領地を発展させようと頑張っていたのに。

 「彼とはいつも植物園や庭園、遠乗りなんかで、外のデートになっちゃうのよ」と笑っていた姉はもういない。

 使えるものは全て使う、そう決めた義兄はハーブの知識を生かすことにした。


 私は元々奥向きの仕事をしていたから、王子の私室に入ることもできる。

 根源である浮気男には、安らかな生活などさせるものか。


 まずは安眠を奪うことにした。


 掃除で部屋へ入った時に、枕の中にハーブを仕込む。

 単品だと良い匂いがするだけだが、別のハーブと混ぜると胸が悪くなる。吐き気までは至らないが、ずっとモヤモヤするのだ。

 その混ぜるべきハーブは、いつも枕元に置かれる水に混ぜた。

 明確な具合の悪さはなく、熟睡もできないモヤモヤを胸の辺りに抱えるだけ。忙しいからだ、婚約者と揉めていてストレスがあるからだ、と王子はわざわざ侍医に診せることはしなかった。


 この微妙な体調不良が長く続いた状態で、三種類目のハーブを混ぜると途端に具合が悪くなる。

 原因が分からないまま悪化させると、死に至る病のような状態になるのだ。

 そのハーブを食べさせる時には、前の二種類は引き上げておけば、原因にはたどり着けない。よほど運が良く、侍医が優秀ならば気づいて助かるかもしれないが。

 今の王宮の侍医は高位貴族出身で、国内の高名な医者達を押し退けて侍医となった、診ている患者の少ない――つまり経験の浅い者だった。これも政治的な決め方だったのだろうが、王族には災い、私達には幸いとなった。


 王子を姉のもとへ送る算段は立った。

 問題の三種類目のハーブをどうやって食べさせるか。

 これには伯爵令嬢を使うことにした。


 同じ地位の伯爵子息として、姉の婚約者は多少なりとも交流があったらしい。夜会で会った時に、疲労に効くハーブとして問題のハーブを教えてやった。

 菓子に入れて王子へ差し入れすれば「令嬢なのに心優しくも自ら調理をして差し入れるなんて、と王子は喜ぶに違いない」と唆して。


 実際、三種類目のハーブは疲労にも効くとされているのだ。嘘ではない。

 食べ合わせには気を付けないといけない、という注意があるのだが、素人の伯爵令嬢が知るわけがない。

 「俺から聞いたのは秘密にした方がいい、要らぬ勘繰りを受けては貴方もツラいだろうし、お疲れの殿下に無用の心労をかけたくないから」とも伝えておいた。

 義兄になる予定だった男は中々に強かだ。

 もし伯爵令嬢が義兄から聞いたと漏らしても、他の二種のハーブを王子が摂取していると知らなければ罪にはならない。王子の私生活など、王子と親しくない伯爵令息が知るわけはないため、いくらでも言い逃れができる。

 口止めはあくまでも保険だった。


 そうして伯爵令嬢がクッキーを差し入れたのを、私が王宮で確認した日の翌日。

 王子からの贋の手紙で公爵令嬢は誰かに呼び出され、行方知れずとなった。


 その実は、王子が危篤だと耳元で囁いた私に、案内するただし一人で来てほしい、との言葉を信じた公爵令嬢がまんまと一人で待ち合わせ場所にあらわれ、私達に殺され埋められたに過ぎない。


 人気のない離宮、その裏手の林に深い穴を掘っていた義兄はすごい。

 「お前が毒殺などしようとしなければ姉は死ななかった」と告げれば驚いて、許してちょうだいと泣きわめこうとしていたけれど、猿ぐつわが邪魔して大声は出せずにいた。

 姉を殺した毒と同じものは入手できなかったから、義兄が精製した他の毒を使った。

 穴に落として生き埋めでも良かったが、しっかり死んだことを確かめたかったし、姉と同じ死に方をして欲しかった。

 だから、あちらで姉に詫びてちょうだい、と言って毒を飲ませた。


 穴は埋めた後目立たないよう草も植え戻したので、かなり時間がかかってしまったが、一番の犯人は姉のもとへ送ることができた。


 そして伯爵令嬢は、放置することにした。


 王子は具合を悪くしてベッドから離れられず、公爵令嬢は行方不明。

 良くない意味で関わりのある伯爵令嬢は注目の的だった。日に日に悪化していく王子と、それと知らずハーブ入りのクッキーを差し入れ続ける令嬢。

 ついに毒入りクッキーなのではと疑われ、拘束されてしまった。

 王子が死ねば、治せなかった責任逃れのために侍医は毒だと王に告げるだろう。そうなれば伯爵令嬢は王族暗殺の犯人だ。当然処刑される。

 私達はただ待てば良いだけだった。


 そうして数ヶ月後。

 王子は無事に旅立った。姉のもとへ。

 それから間もなく、伯爵令嬢は処刑された。令嬢だから、と毒杯を賜ったらしい。姉に使われた毒とは違ったことが残念だ。

 元々の毒を貴方が飲んでいれば、姉は今も生きていたのに。




 無事三人を送った私達は、姉の墓前で密やかに祝杯をあげた。

 あちらで三人で姉に詫びるといい。

 泣いて泣いて笑って、私達は別れた。


 念のため、義兄と私は国を離れることにした。

 ハーブ研究はこの国では推奨されない学問だったが、隣国は違うらしい。あちらの大学から声をかけられていたのだ、と義兄は笑って越していった。

 私は、なんの能もないが、母が亡くなるまでは平民生活をしていたのだ。王宮侍女での蓄えもある。

 なんとかやっていけるだろう。

 義兄のあとを追うように、私も隣国へと移る。


 私のやっていることを父と姉の母は知っていたのかどうか。隣国へ越すことを伝えたら、思わぬほどの見舞金をくれた。

 これを元手に、なにか商売でも始めるとしよう。

 なにをしようか。


 だけど絶対に、ハーブや薬を扱う店だけはしない。それと、お茶を扱う店も。


「お姉様、これでお別れです」


 姉の墓前に最後の花を供えて、私は重い鞄を持ち上げた。

 今日、私は隣国へ向かう。











お読みいただきありがとうございました。


よろしければ、下部☆からの評価ください。

大変励みになります、よろしくお願いいたします。


追記:誤字報告ありがとうございました!


追記2:

12/20 日間異世界〔恋愛〕ランキング5位

12/23.24.25 週間異世界〔恋愛〕ランキング10位

にランクインさせていただきました。

思わぬほどたくさんの方にお読みいただけて、感謝でいっぱいです。

ありがとうございました!

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復讐物は読み手も、当の本人達も、 疲弊するものですな。 一番の被害者?『姉』でしょうか? 王族→王子一人(脂肪) 公爵令嬢→(脂肪) 伯爵令嬢→(処理w) ……ん?誤字脱字?まぁ意味は伝わるかなぁ…
文字数は少なくとも、長編を読んだような満足感があります。復讐完遂できて良かった。 間違いで殺された姉が本当に気の毒で。それなのに罪悪感のない公爵令嬢……。 複数のハーブの「混ぜたら危険」を活かした手…
[良い点] よくぞやり遂げた、という気持ちです。 是非幸せになって欲しい。
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