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馬鹿な男のヘタクソ人生  作者: 川崎すなお
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馬鹿な男の「自殺」について

死にたい。と思ったことはあるだろうか?


ある。と答える人は、少なくないと思う。


しかし、例えばあなたがこの質問を、作り笑いを浮かべながらも内心決死の思いで相手に投げかけたとして、その返答に一体どのくらいの救いを期待できるのだろうか。


もっとも、勝手にそんな期待をかけるのは質問者の傲慢である。 「死にたい」と感じる状況など人それぞれだし、 自分が「死にたい」と悩む切実さを相手にも望むなんて甚だ自分勝手だし、 もし相手の「死にたい」状況が自分にとって大して悲劇的でなかったとしても、むろん大きなお世話であって、己の物差しで測るなんてナンセンスだ。そもそもが、自分の都合良い慰めのために、そんな質問を投げかけること自体が失礼なのだ。



──わかっている。そんなこと。おそらく、「死にたい」思いの共有にすがろうとする者は、己が愚かなことは、とっくに分かっている。しかしそれでも、すがらずにはいられない。つらいものは、つらいのである。


いつか雨は止むという。

いつか冬は越えるという。

いつか暗いトンネルは抜けるという。


その激励の常套句は知っている。実際、そういうこともあるだろう。 しかし──。


雨は止んでも体は濡れたままで、

冬は越えても春は遠く、

トンネルを抜けても暗い夜であることも、

また往々にして、ある。


未来に期待が持てないから、今降っている雨が、今感じている寒さが、今歩いている暗さが、我慢出来ないのである。 この駄文も、その震えによる振動の痕跡である。


あきらめる瞬間は、極めてサラリと、劇的で無く、ふわりと届く風のように訪れる。 最初に心に落ちた種は、私の場合、気づいてすらいなかった。



ある頃私は、今なら労働基準法を大胆に抵触するタイプの会社で働いていた。激務により、一年の半分以上を会社で寝起きしていた。会社に泊まる方が睡眠時間を得られるので、着替えや体を洗うために家に帰るのが億劫になっていた。さすがにさっぱりしたいと思う時でさえ、自宅の布団だと寝過ぎる危険があるため、一度帰宅してシャワーだけ済ませ、わざわざ会社でデスクにつっぷして寝ていたこともある。 上司から暴力を含む叱責を受け続け、何をしていても眠いような、意識がはっきりとしない状態で過ごしていた。学習性無力感、というやつに支配されており、「自分が何をしてもこの世界は何も変わらない。」そんな思いでこんな生活を2年ほど続けた時だった。


真夏の暑い日、太陽がいちばん活き活きとコンクリートを照てらしている最中。私は原付に乗って、会社へ戻るために信号待ちをしていた。地面からの照り返しの熱と、前方に停まる大型トラックのむわっとした排気ガスを顔に向けつつ、しかしその熱波を避ける気力も無く虚な視線を中空に泳がせていた。


「あぁ、このままここで倒れてしまったら、この生活から逃れられるだろうか」

そんなアイディアがふいに風に乗って降りてきた。私はそのまま、突然、原付ごと道路の真ん中で横倒れした。故意にやっているので、その動作はヘタクソなお芝居のように大層わざとらしかったと思う。熱されたコンクリートに横たわって数秒後、すぐに「俺は何やっているんだ」と身体を起こした。青になった信号は、私とトラックとの間を徐々に広げ始め、まもなく鳴らされるであろうクラクションに怯えながら、そそくさと車体を起こし始めた時「大丈夫ですか?」と後方の車が追い越す際に声をかけてくれた。にっこり作り笑って「大丈夫です! すみません」と恥ずかしそうに返したのを覚えている。



たったそれだけの出来事で、結果、何も解決していないのだが、「このままでは自死しかねない」と初めて危機感を感じた行為として強く記憶に残っている。人はこのように、ふいに、状況を逃れたくて行動に移してしまうのだと知った。もし、その瞬間が、その場所が、別のもっと分かりやすい場所だったら、とたまに考える。


今は職場を変えているが、おそらく私の経験では、死というアイディアが種になって心に落ちた時から、人は精神的に苦痛に瀕したとき、そこに水をやっていく。自尊心を傷つけたとき、そこに栄養を与えていく。明るい太陽を見て、心に影を落としたとき、「死にたい」木を育てていく。


たまたまうまく育たず、その木が枯れたとしても、または何者かが枝葉を落としてくれたり、運良くチェーンソーで真っ二つに切り落とされ、胸を撫で下ろした後さえ、やつらは何度でも、それこそ季節が巡るように。また芽吹く。


思えば私のヘタクソな生き方は、この頃にはもう素地ができ始めていたのだろう。


私はあれから、ホームの最前列に並ぶことが、少し怖い。

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