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短編

終末を語る量子力学

作者: 高原 律月

「シュレーディンガーの猫って知ってる?」


 彼女が笑い、白い息は小さく漏れた。


「箱を開けなければ、死んでいる猫と生きている猫、二通りが存在するっていう話だね」

「んー、半分正解ってところ」


 そう言って、触る前髪がくすぐったいように眉を寄せ、次の言葉を待ちきれんばかりに彼女はウズウズと口角を揺らした。


 僕は期待通りの質問を投げ掛ける。


「もう半分って?」


 この言葉を投げかけると、彼女は「聞きたい?」ともったいぶった。

 あまりの回りくどい口振りに僕は辛抱出来なくて口を挿んだ。


「その話は元々が量子力学のある前提に対しての反論ってことは知ってるし、フタは開けなきゃ解らないって話でないことも僕は知ってるよ」

「そう…」


 彼女は少しだけふて腐れた口調で続けた。


「あーあ、せっかく細かい説明まで覚えてきたのに無駄になっちゃったよ。なんでそういう意地の悪いコトをするのかな」


 覚えたなんて言いながら、カンニングペーパーを上着のポケットに押し込むのが見え、思わず笑ってしまう。


「はは、ごめん。せっかくメモまで用意してくれてたならちゃんと聞けば良かったね」

「ちがっ、これはさっきの買い物のレシートだからっ! 適当なこと言わないでよね、調子狂うでしょーが」


 慌てて彼女が訂正をするが反応からしてすでにボロが出ている。


「それより話の続きが聴きたいな…なんて」

「そ、そう。えー、こほん…要はね、量子力学に基づいて話をするなら全く違う状態で同時に存在するわけでしょ?」

「まあ、ミクロに限った話ならね」

「そう、それ。なーんでミクロではそういう状態が起きるのかなって思うわけ。というか、なぜ私たちの世界では起きないのって」

「なるほどね。でも、だからシュレーディンガーの批判がある訳じゃん」


 僕はこの哲学的、そして普遍的な問答に答えを提示した。


「つまり、そんな話は今まで何度も考証されてて、僕たちよりもずっと頭の良い人が答えを出してるんだよ。量子力学的には重なった状態で起こり得るけど、僕たちの世界…マクロな状態ではそれは発生しない、ってさ」


 僕の横の女性は納得出来ないように「むぅ…」と、小さく唸った。


「じゃあさ、その重なった状態っていうヤツが今起きているんだとしたら、どう?」

「有り得ない。君は生きてるのに死んでいるってことになるぞ。もっと言えば、世の中自体が崩壊しながら崩壊していないなんていうメチャクチャな状態だってことになる」

「良いんじゃないの、それで。だって、こうやってアナタと今話しているといったって諸共もしくは片方が車に刎ねられて死んでしまうっていう可能性だってあるんだから。

生きているって時点で死という概念を孕んでいる訳だし、世界が壊れてても壊れてなくても、はたして同時の状態で在ってもなーんにも問題無いでしょ?」

「身もフタもない…非科学的すぎる」


 僕が深くため息を吐いたら、やっぱり白い息が漏れてすぐに消えていった。

 彼女はというと、さっきまでの話はどうでも良かったみたいに今は本を読みながら僕の横を歩いている。というよりは彼女の横を僕が歩いているという言い方がしっくりくる感じで、人とすれ違いそうになればその度に歩く速度を少し落として彼女の後ろに回り、また彼女の横を歩く。


 そんな僕に時々だけ目線を向け、訝し気に彼女が首を傾げる。


 そうやって、電車とバスを乗り継ぎ二時間くらい経った頃、僕の実家までやってきた。


 呼び鈴を鳴らすと、母が出迎えてくれた。


「こんにちは、おかあさん」

「おや、こんにちは。悪いわね、年の瀬にわざわざ来てもらって」

「いえいえ、予定も無かったですから」


 軽い挨拶を済ませ、彼女は僕の部屋だった場所に荷物を置いて一息する。


「ならさ…」


 ずっと静かだった彼女が僕に呼び掛ける。


「ん? どうしたの?」


「さっきの話の続きだよ。

今は、アナタは死んでいるの、生きているの…どっちだと思うの?」


 彼女の問い掛けに少し考えてハッとした。


「んー、確かにどっちでも良いのかもね」

「でしょ?」


 彼女が笑いながら二本の線香を焚いた。

 僕も笑いながら線香を受け取った。


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