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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

べっ、別に幼馴染のあんたのことなんか全然好きじゃないけど不審者に襲われてるところを見かけたらそいつを撲殺して死体を山に埋めるくらいのことはしてあげるんだからねっ!

作者: quiet



 僕は泣いていた。

 だって、他に何ができたっていうんだろう?

 深夜の山道を軽トラは走り続けてる。虫の声が煩い。それ以外の音は何もしない。街灯だってちょっとしかないからほとんど前も見えない。僕たちはあの大人たちがやってるピカーッってめちゃくちゃライトを強くする方法がわからない。先が見えない。瑠々は人を殺したし、今は無免許運転をしてる。僕は殺されかけたし、今はずっと泣いている。後ろの荷台にはブルーシートがかけてある。その下にはこれからレンジで蒸かすジャガイモみたいに頭をラップでぐるぐる巻きにされた死んだおじさんが積んであって、積み方が悪かったのかさっきからがったんごっとん頭の凹む音が聞こえてくる。死人に口があったら言ってたかも。痛いよ、やめてくれ。

 それで?

「やっぱり、警察に行かない?」

「なんで」

 瑠々と僕は幼馴染だった。当然みたいに疎遠。わかりやすい話。瑠々は何でもできるし、僕はデブでオタクでおじいちゃんみたいなメガネをかけてる。クラスでイケてるとかイケてないとかそんな話をする前に、もうずっと学校に行ってない。お父さんもお母さんもそのことを気にしてない。死んじゃったから。

「だって……」

「あんた、あたしに死んでほしいの?」

「ち、ちがうよ!」

「じゃあ何」

「ぼ、僕はただ、社会の、その、道徳を……」

「道徳」鼻で笑った。「あんた小学校で道徳の授業終わっちゃったもんね」

 今日、一年振りに携帯が鳴った。瑠々からだった。なんで僕の連絡先を知ってるのかはわからなかったけど、とにかくメッセージが送られてきた。少女漫画の写真。これあんたの? 本棚を調べたら確かにその巻だけがなかった。うん、多分そう。じゃあ今から返しに行く。僕は三ヶ月ぶりに部屋の掃除をした。瑠々が着いたときに急にお腹が痛くなってトイレに籠っちゃってたらどうしようと思ってドアの鍵を開けておいた。それがいけなかった。

「中学校の道徳で教わること、知らないでしょ。『汝、右の頬を殴られたら相手の社会的身分を確認し、問題ないとわかったら攻撃しなさい』」

「問題があったら?」

「『身体を差し出しなさい』『尊厳を差し出しなさい』」脇の草むらから狸だか鼬だかが飛び出してきた。瑠々はブレーキを踏まなかった。何の衝撃もなかった。「『大人しく死になさい』」

 僕は緊張してた。スーパーの店員以外の人と会うのはとんでもなく久しぶりだから。でも相手が瑠々だったからまだよかったと思う。僕は普段から自分と同じくらいの年の女の子たちがだらだらお喋りするアニメばっかり見てるから。自信があった。今日会ったことを面白可笑しく話せばいいんだろ? 起きて、おしっこをしました。すごく黄色かったです。盛り上がること間違いなし。イヤホンをつけずに無声映画みたいにしてアニメを見ていたら、玄関で扉が開く音がした。瑠々だと思った。玄関まで迎えにいった。知らないおじさんで、僕の首にロープが巻かれた。

「いい加減、泣くのやめたら?」

「だって、僕のせいで……」

「あたしの決定を勝手にあんたのものにしないで」

「……なんで僕のこと、助けてくれたの」

「別に」瑠々は首を振って「あんた、たとえば近所に住んでる野良犬が知らない犬に襲われてたらどうする?」

「え、えっと」

「あたしは知らない犬に蹴りを入れる」瑠々は眉間に皺を寄せた。よく見るとこの先にカーブがあった。「内臓破けるくらい」ゆっくり車が曲がっていく。昔の瑠々はレースゲームも得意だった。ショートカットを見つけるのも。

 僕は叫ぼうとしたけど、ダメだった。声が掠れた。息が苦しかった。首絞めってもっと優しく死ねるって漫画で読んだことがあったのに、全部嘘だった。泣いた。鼻水も出た。頑張っておじさんを押し返そうとした。僕は腕立て伏せが一回もできない。おじさんの後ろに瑠々が立ってた。手に石を持ってた。僕じゃ持ち上げられないくらい大きかった。ガツン。瑠々が言った。埋めるわよ。警察は? 瑠々は石をもう一度持ち上げた。あんたも死にたいの。

 頭ではわかってた。警察なんか意味ないって。ちょっと前のアニメならともかく、今になったらむしろ逆効果だって。富と権力は集中し切ったってネットに書いてあった。人権なんていうのは時速四十キロの速度制限と同じだった。その証拠におじさんのポケットからは警察手帳が出てきた。誓って言うけど、僕は凶悪犯罪者なんかじゃなかった。これまでは。近所のボケたおじいちゃんの家から軽トラを借りた。山に行く。できれば通り道に草がぼうぼうに生えてて、近くにお墓のひとつもないような、誰のものともわからない場所に。

「宮本武蔵って知ってる?」瑠々が突然訊いた。

「うん」頷いた。「おっぱいが大きい……」

「はあ?」

「ほ、ほんとだよ!」慌てて言った。「……オタクでごめん」

「別にいいけど」

「で、あの、宮本武蔵が何?」

「我事に於いて……やっぱいい。忘れて」ブレーキ。「もう着いたし」

 見事に人はいなかったし、本当の暗闇だった。懐中電灯を点けなきゃ何も見えない。おかげで誰にも見つかりそうにない。「はい」スコップを渡された。「あのさ、知ってる? スコップって西日本だと……」「今その話聞きたくない」先っぽが土に刺さる音。「掘って、早く」

 五分もすればへとへとだった。「どのくらい掘ればいいの?」「二度と掘りたくないってくらい」瑠々は休まない。「誰も掘り返す気が起きなくなるくらい」僕も休めない。月の明かりは空でだけ眩しい。僕らはお互いの顔も見えない。荷台の死体にはもう視力自体がない。

「暑いね」思わず零した。

「痩せたら?」

「どうやって?」

「走ったり……」息を吐く声。「食べるのをやめたり」

「膝が痛くなるんだよ」今だって腰が痛いし。「それにお腹も空いちゃう」

「プールに行けばいいじゃん」

「なんで?」

「水に浮かぶから膝に負担がかかんない」

「……でも恥ずかしいよ」肉をつまんだ。「こんなんだし」

「あ、そ」瑠々には見えてなかった。「好きにすれば」

 ものすごく掘ったと思ったから僕は言った。「もういいんじゃない?」瑠々は手を止めた。「試しに入ってみて」

 嫌だったけど、もう瑠々には一生逆らえないことがわかってたから、僕は素直に従った。下りたあと自力で上がれるかなって心配だったけど、無意味だった。まだ穴は腰にすら届いてなかった。「どうする?」瑠々が聞いた。「ここでやめる?」「ううん」僕は首を振った。「もうちょっとやろう」

 掘りながら、「あのさ」泣きそうになって僕は言った。「僕、もしも瑠々が殺されかけてても、こんなにしてあげられなかったと思う」

「別に」瑠々は素っ気なく言った。「はじめっから期待してない」

「僕に?」

「全部に」

「ごめん。君の人生、台無しにしちゃって」

「全然」小石にスコップが当たる音。「あんたがそれを決めないで」その下から土を掘る音。

 泣きそうなほどつらくて、それでも穴を掘り続けた。蚊もいっぱい飛んでる。瑠々は文句をひとつも言わない。僕は口にしないだけで頭の中にはすごくたくさんの文句がある。怒りの矛先はどんどん大きくなって、今じゃほとんど世界を憎んでる。

「明日って学校?」

「ううん」

「今日何してた?」

「勉強」

「僕はね、起きておしっこしてた」忘れずに、「すごく黄色かったんだ」

「へえ」盛り上がらなかった。「もっと水飲んだ方がいいんじゃない」

 喉がカラカラだった。月明かりが暑かった。耳元で煩い虫を潰そうとして自分で自分の耳を叩いてる。血が出そうなほど。身体の全部がべたべたで、セロハンテープを剥がした後みたいな気分。「ごめんね」って謝ったら「うん」って答えてくれた。「ありがとう」って言ったら「よかったじゃん」って言ってくれた。

 手を止めて、瑠々が穴のなかに入っていった。もう頭のてっぺんが地面より下にあった。「大丈夫?」「死んだやつ持ってきて」僕は荷台に戻っておじさんを担ぎ込んだ。瑠々はその間にスコップを使って自分で穴から出てきた。僕の出る幕はなかった。たぶん、瑠々にとってはいいことだったんだと思う。ふらふらしてたら瑠々がおじさんのお尻を支えてくれて、それでずっと楽になった。僕は死んだおじさんを担ぐのも嫌だったけど、死んだおじさんのお尻を触るのなんてもっと嫌で、泣きたくなったからまた泣いた。「ごめんね」「しつこい」

 おじさんを穴の中に落とした。土を被せた。それですべてはお終いで、帰りも瑠々の運転でおじいちゃんの家まで帰った。瑠々はもう車を完全にマスターしていて、車庫にバックで一発で入れた。真夜中にライトもつけないで。どうやって? 背中に目でもついてるの? わかんない。でも瑠々はきっと僕にできない全部のことができる。一応先に降りて後ろがぶつからないように誘導してた僕は、結局最後まで出番がなかった。でもものすごく重要なものを見つけてしまった。荷台に変な機械が転がってる。

 僕のせいだった。僕がおじさんを担いだときにポケットか何かから転がり落ちたもの。見逃してた。もしかしたら元々車に乗ってたのかもしれないけど、同じことだった。どっちにしろこれは何か重大なことが起こってしまう兆しだった。折角閉じた幕をもう一度広げてしまうことになる。きっと瑠々に報告したら言ってくれるだろう。今すぐ戻ってもう一度穴に埋め直そう。「どうかした?」「ううん、別に」ポケットにしまった。

 鞄を置きっぱなしだったから、瑠々はもう一度僕の家に来た。もう血は綺麗に洗い流してあって、どこからどう見てもいつもの僕の家だった。「これ、借りてたやつ」瑠々が鞄から漫画を出した。「あのさ」それを受け取る前に言った。「続き、読む?」

「いい」瑠々は首を振った。「それ、お母さんが好きだったから読んでみたかっただけ」

「どうだった?」

「いかにもって感じ」瑠々のお母さんは、お父さんが逮捕されてから三日もしないうちに家を出て、二度と帰ってきていない。

 瑠々を見送って、お風呂に入って、僕はベッドに入った。変な機械は小さくて、手のひらの中にぎゅうっと握りこむことができた。その日は長い夢を見た。

 お父さんとお母さんが死んだ理由を知る夢。二人が殺された理由は作家だったから。このどうしようもない世界を変えるだけの力を持ってたから。そして僕が今日殺されかかった理由も同じ。まだ一文字も書いたことなんかないけどあのおじさんは未来警察で、僕の才能が開花する前に殺しに来た。変な機械はもちろん小型タイムマシン。僕は瑠々の人生を台無しにしちゃったけど、これさえあれば大丈夫。もっと昔に戻って全部をやり直すんだ。大丈夫。全部がよくなる。じゃあスイッチを押すよ。カチッ。血まみれのおじさん。石を持った瑠々。埋めるわよ。何かが足りてなかったみたい。これから一生。

 起きたら朝だった。僕は携帯を手に取って日付を見た。瑠々にメッセージを送った。

 今日からプールに行こうと思うんだ。へえ。どんな水着がいいかな。学校のでいいじゃん。古いもん、破けちゃうよ。じゃあビキニ。それ、ちゃんと想像してみた? 僕がビキニを着るところを、本気でさ。もう返信は来なかった。ちょっと笑って、僕は自分がビキニを着てる姿を本当に想像してみたりした。

 立ち上がる。

 玄関の開く音がする。




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[良い点] 二人の会話がどうでもよくて、だから予想もつかなくてとても面白かった。 [気になる点] 変な機械ってGPSで最後はまた警察が来たのかなって気になりました。書いてないから未確定でだからとても不…
[良い点] タイトルが秀逸 文章もわりかし読みやすい感じ [気になる点] 終わり方が漠然としすぎているのが個人的にはマイナス [一言] もう少し長いほうが好み
[良い点] 想像力がかき立てられる。 タイムマシンが作動しても、しなくても文章が読める上に面白い。 無性に自分のもしもの想像を語りたくなる [一言] もしも、タイムマシンが作動したとして、近所の野良犬…
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