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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

反逆の聖女

注意:視点がコロコロ変わります。

「反逆者の元聖女エリスの処刑を執り行う」

王との中央広場に用意された処刑台の周りには多くの民衆が集まり、罪人である女に罵声と汚物を投げつける。

「いや、痛いの嫌、申し訳ありません。申し訳ありません。いい子にします。おねがい、痛いの嫌!」

司教の手が振り下ろされ、処刑執行人の斧が高々と掲げられた。




時は十七年遡る。

エリスは辺境のとある村で普通の農夫の両親から生まれた。

「悪い子には罰があるのよ。でもいい子にしていれば良いことがきっとあるわ」

ママにそう言われ、小さな頃から家のお手伝いをして育った。

子供が家のお手伝いをするのは辺境では当たり前のことだ。

そしてエリスは五歳になり、運命の日を迎える。

この国では五歳になると教会から祝福を受けるのが習わしだ。

少年が石版に手を置くと、五つある水晶の一つに赤い光が微かに灯った。

「火のご加護が其方の行く先を照らすであろう。次の者」

司祭が定型文を述べる。

なぜ私がこのようなへんぴなところに・・・

司祭はとある貴族の三男で、能力はそれほど高くないが野心は人一倍だった。

家の力で司祭の地位を得たが、先に生まれただけで自分より劣ると信じる長男が家を継いだことに不満があった。

エリスが司祭の前に立つ。

「石版に手を乗せよ」

言われた通りにエリスが石版に手を乗せると、白い光が辺り一面を照らした。

エリスは驚いて手を引っ込めた。

「このものはわしが預かる。連れて行け」

司祭の言葉に侍者たちがエリスの手を掴み強引に引っ張る。

「嫌、パパ、ママ助けて」

訳が分からず両親に向かって伸ばした手はむなしく空を切った。

両親は娘に愛情がなかったわけではないが、貴族や教会に逆らうとどうなるかを知っていた。

二人は拳をぐっと握りしめてうつむいた。

エリスはそんな両親の気持ちに気づけるはずもなく、先日転んで服を破ったのが、それとも病気で水くみを休んだからか。

両親からよく言われた、悪い子には罰がある、という言葉を思い出しながら必死にすがった。

「いい子にします。パパ、ママ!」


この日、辺境で一人の少女の存在が消えた。


祝福の儀式で使われる石版は、魔力を測るための道具だ。

白い光は五つの魔力の内で聖なる魔力と呼ばれる。

その魔力を宿していること自体は珍しいことではないが、普通は微かに光る程度である。エリスの魔力量は治癒魔法が使える程に大きかった。

そして今年は十年に一度ある聖女の選定の年

司祭は己の野心の為にエリスを聖女候補として育てることにした。

聖女の資格は聖なる魔力が多い事だけが条件だが、実際にはある程度の教養も必要だ。

辺境の村で育ったエリスにそんなものは当然ない。

「こんなこともまだ覚えられんのか!」

教育係の鞭が振り下ろされる。

「ごめんなさい。いい子にします。ごめんなさい」

「何度言ったわ分かる。申し訳ありませんだ!」

また鞭が振り下ろされた。


聖女候補の貴族や商家の子女たちではなく、エリスが第四十五代聖女に選ばれた。

これはエリスの魔力量が飛び抜けて多かったということもあるが、貴族や商家の紐付きの聖女より従順で扱いやすいエリスを教会の上層部が好んだためである。

体罰の痕は化粧で、辺境の出身であると言うことも上層部によって隠され聖女就任の儀式は滞りなく終わった。




六年後

辺境のとある村で五歳になった者たちに祝福の儀式が行われていた。

少女が司祭の前に立つ。

「石版に手を乗せよ」

少女は石版に手を乗せたが、どの水晶にも光が灯らなかった。

「なんだこれは?しっかり手を乗せないか!」

司祭から怒鳴られた少女は身を縮こまらせながら、更に強く手を石版に押しつけた。

それでも水晶には全く変化がなかった。

司祭の表情がゆがむ。

「ゴトランド司祭様」

司祭の後ろに控えていた侍者が水晶の一つを手で覆って影を作る。

「うむ、微かだが光っておるな。水のご加護が其方の行く先を照らすであろう。次の者」

少女が両親の元へと戻ると、二人は泣きながら良かった、良かった、と繰り返し呟きながら抱きしめた。

少女は村の友達からは光が強いほど良いと聞いていたのに、他の友達より明らかに少ない結果に喜んでいる両親に戸惑った。

他の村のみんなも良かったなと両親に声をかける。

その日、少女は今は何処でどうしているのかも分からない姉の存在を知った。




「なかなか良いな」

教会主催の式典のさなか、この国の王太子である男は誰に聞かせるわけでもなくつぶやいた。

エリスは十三歳、とても女性らしい体型に成長していた。

化粧でごまかしているので体罰の痕も隠れ、顔もそれなりにかわいらしく見える。

「聖なるご加護がこの地の行く先を照らすでしょう」

エリスが両手を天に掲げると白い光が飛び出し、参列者に降り注ぐ。

エリスは王太子や他の王侯貴族から向けられる思惑や想いに気づくことなく壇上から降り、ほっと胸をなで下ろした。

失敗してないはず、いい子だったから今日は痛いことは無いはずだ。


エリスが聖女となって十年がたち。

聖女選定の結果、新たに第四十六代聖女が誕生した。

歳は十九、前回の聖女選定に落ちた高位貴族の子女であった。

「こんな汚らわしい者に・・・」

エリスが教会を去る前日、第四十六代聖女がエリスの前に現れた。

ガン!と鈍い音が響いた。

「聖女様、いけません」

聖女のお付きの者が声を上げる。

「もうこの女は聖女でも何でも無いただの平民でしょ。何がいけないの」

第四十六代聖女は小首をかしげた。

「聖なる杖が汚れてしまいます。こちらをお使いください」

お付きの者はそう言って鞭を聖女に渡した。

「そうね」

聖女は鞭を受け取り振り上げた。


翌日、エリスは聖女であったときのお付きだったミレリアの馬車に乗せてもらい、駅馬車の乗り場に来ていた。

エリスが聖女の位を降りたのと同時に、お付きだったミレリアも教会を出て実家に帰ることになった。

「あそこからケルリアン行きの馬車が出ているはずですわ」

ミレリアはそう言って広場を指さした。

昔パパがよい子にしてれば何時かケルリアンの街に連れて行ってやる、と言っていたのでそこからなら村に帰れるはずだ。

エリスは御者の手を借りて馬車から降りる。

「ありがとうございました。ミレリア様」

エリスはペコリと頭を下げた。

ミレリアは貴族だが暴力を振るわれたことが無い。

下級の貴族らしいので周囲の悪意を止めてはくれなかったが、治癒魔法で傷を癒やし慰めてくれた。

治癒魔法は自分自身を癒やせない。

ミレリアの治癒魔法は強くは無かったが、昨日のけがの痛みは大分引いていた。

「ごめんなさいね。行き先が同じ方向なら送ってあげられたのだけれど・・・」

そうして二人は別れた。


ミレリアに悪意があったわけでは無い。

ただ知らなかっただけだ。


馬車が去った後、エリスは止まっている幌馬車の方へと歩き御者に尋ねた。

「ケルリアン行きの馬車はどれでしょうか」

「ああそれなら俺の馬車だが・・・」

そう言って御者はエリスの姿を見て目を細める。

「乗せてください」

エリスがそう言うと御者は銀貨二枚半と言って手を出した。

エリスは首をかしげた。

「銀貨って何ですか?」


馬車に乗るには銀貨という物が必要らしい。

それがどんな物かは分からないが、少なくともエリスは持っていない。

御者に追い払われたエリスは教会の方へととぼとぼ歩いた。

教会から銀貨が貰えると思ったわけでは無く、単に他に知っている場所が無かったからだ。

そして教会の門番に追い払われた。

聖女だった時は傷跡を隠し化粧をしていた。

自分が元聖女だと言うエリスのことを門番は気の触れた女としか認識しなかったからだ。

教会を出るときはミレリアの馬車に乗せてもらったので誰にも今の姿を見られていない。

誰にも第四十五代の元聖女だと理解されなかった。

エリスは路地裏で夜を明かし、翌日また駅馬車の乗り場に向かった。

駅馬車に乗れないなら後ろをついて行けばケルリアンまで行けると考えたのだ。

運良くケルリアン行きの駅馬車を見つけ、それを追って王都を後にした。

しばらくは駅馬車の姿が見えていたがその姿はだんだんと小さくなり、ついには見えなくなってしまった。

でも道は続いている。

きっとこの道を歩いて行けばケルリアンにたどり着けるはず。

そう思いエリスは歩き続けた。

そしてしばらくして一台の幌馬車がエリスの横で止まった。

「おい嬢ちゃん、乗せていってやろうか」

「おじさんはケルリアンに行くのですか?」

「ケルリアン?ああ、ケルリアンに行くぞ」

「お願いします。ありがとうございます」

お礼を言ってエリスが幌馬車の荷台に乗った瞬間、二人の男に拘束され手足を縛られ猿ぐつわをかまされた。


人攫いは徒歩で国境地帯の森林を越えていた。

国境と言っても長城が築かれているわけではないので越えるのは簡単だ。

単に街道がないので荷物は徒歩で運べる量だけになる。

関所の兵に鼻薬を嗅がしても良いのだが今回の荷は自分で歩くので問題ない。

この国では建前では奴隷は禁止されている。

抜け穴がないでも無いが隣国に持ち出した方が簡単だし、今回は掘り出し物もある。

街道で拾った少女が魔力持ちだったのだ。

簡易の魔力測定器しか持っていないのでどの属性かは分からなかったがかなりの量だ。

森を抜けたところで仲間と落ち合い、幌馬車に荷物を積み込んだ。

「まずはホロウェイン公爵のところに行くぞ」


それから二年の時が流れた。


「バルセインが落ちました」

ケーゼバイン王国は隣国のホロウェイン公爵が率いる軍に攻められていた。

国境の関所は落ち、王都との中間点にある重要都市も先ほど陥落したとの伝令が来た。

敵は数多くの魔力持ちをそろえており、力押しで王都に迫っている。

敵の行動が早すぎて各地の貴族が王都に到着するのはまだ時間がかかる。

それに隣国側の地域では敵国のさらなる侵攻を恐れ、自領の防衛に専念するだろう。

まさに危機的状況であった。


ホロウェイン公爵が率いる軍には強力な攻撃魔法の使い手や治癒魔法の使い手の奴隷たちがそろっていた。

その中の一人にエリスがいた。

エリスは痛いのが嫌だった。

だから言われた通りにいい子にしていた。

治療しろと言われれば誰であろうと治療した。

そうすれば叩かれないし食べ物も貰えた。

治療した中にはゲーゼバイン王国の貴族もいた。

これは人道とか騎士道とかでは無く身代金を得るためであり、すでに数人が金銭のやりとりを終えて解放されている。

そんな日が続いたが、次第に貰える食べ物の量が減ってきた。

エリスは頑張ったが貰える食べ物の量は変わらなかった。

そんなある日、一緒に行動する治癒術士の話にエリスは目を輝かせた。

お金という物があれば街で好きな食べ物を食べられるらしい。

聖女だった頃に一度だけ食べたことがある、あの黒いおいしいものも食べられるのだろうか?

ゆめのような話だがエリスにはお金や買うという意味が分からず質問した。

「お金を知らないし買い物もしたことが無いのかい?ありえねー、どんな裕福な生活してたんだよ。食事は召使いが運んできてたのか」

治癒術士の一人があきれたような口調で問いかけてきたが意味が分からなかった。

「言ってることがよく解らない。神殿にいた頃もそうだったけど、いい子にしてれば今だって食事は誰かが持ってきてくれるよ」

話はよく解らないことだらけだったけど、お金という物を渡すと食べ物が貰えると言うことは分かった。

だけど私たち奴隷はお金を貰うことがないので無理らしい。

奴隷という言葉の意味もよく解らなかった。

お金を貰わずひたすらに仕事をしなければならないのが奴隷らしい。

神殿でもお金という物を貰ったことはない。

つまり神殿の人たちはみんな奴隷という物なのだろう。

それなら今も神殿にいた頃も変らない。

何時か聖女のように、交代の奴隷が決まって故郷に帰る事が出来るのだろうか。


日に日にけが人が増え、食べ物が減った。

今まで進んできた太陽の方向では無く反対の方向へ歩き出した。

そして剣を持った怖いおじさん達が馬に乗ってやってきた。

いつも重い荷車を引いていたおじさんや、治療のお礼だと言ってパンを分けてくれたおじさんが剣で切られた。

助けたかったけど痛いのが怖くて動けなかった。

そして・・・

「反逆者の聖女がいたぞ!捕らえろ」


エリスは抵抗する力の無い治癒術士たちと一緒に手足を縛られて幌馬車に積まれた。

解放されたゲーゼバイン王国の貴族の捕虜がエリスの顔を覚えていて、ホロウェイン公爵の軍に元聖女がいたと報告していたのだ。


あれから何日たっただろうか?

エリスは言うことを聞いていい子にしているのに、叩かれるし食べ物が貰えない。

他の人たちは別の場所に連れて行かれたので、ここにいるのは私だけだ。

石の床の上は冷たくて寒い・・・

コツコツと複数の足音が近づいてくる音がした。

「こりゃまた一段と育ったな」

寝転んだまま立っている男二人を見るが、食べ物を持っているようには見えなかった。

いい子にしてるのに今日も貰えないのかな・・・

「部屋に連れて行く、出せ」

「王太子殿下、罪人を部屋に招くなど、殿下のご評判に傷がつきます。お考え直しください」

「最後の晩餐だ。それくらいの慈悲を与えてもいいだろう」

「晩餐だけであれば・・・ですがそうではないのでしょう。どうかお考え直しください」

「ちょっと楽しむくらいいいだろう。それにおまえが黙っていればばれることも無い。それにどうせ殺すのだから何をしても問題ないではないか」

王太子は下卑た笑みを浮かべた。


翌朝、ほとんど死にかけて意識朦朧としていたエリスは治癒魔法の効果で意識を取り戻した。

おそらく治療されない方が本人にとってまだ幸福だっただろう。

刑場につれて行かれる途中、集まった民衆から罵声があびせられた。

エリスにはほとんど意味が分からない言葉だったが、自分を見る人たちの顔がとても怖くて目をつぶった。

そしてしばらく歩いてから首と手を木の板で拘束された。

今度は周囲を取り囲む民衆から罵声だけでは無く、汚物も飛んできた。

救いはエリスの視界が汚物で塞がれていたため、処刑人が振り下ろす斧に気づかなかった事くらいだろう。

こうしてエリスの一生は終わった。




ミレリアはエリスが捕らえられたことを知って急ぎ王都へ向かっていた。

そして王都の城門の前で彼女と再会した。

「エリス!」

ミレリアはエリスの頭を抱きしめて集るハエを必死に手で払うが、ハエはお構いなしにエリスの頭の周りを飛び回る。

近くにいた城門の兵士は罪人の首を抱きしめるミレリアを止めたいが、家紋のついた馬車から飛び出してきた事から貴族だと分かるミレリアに戸惑っていた。

しばらくしてミレリアはエリスの頭を抱えたままうずくまった。

「ごめんなさいエリス、わたくしが悪かったの、あの時、あの時わたくしが・・・」


従者は主になんと声をかけたら良いのか分からなかった。

戦場でエリス様が捕虜になったと知ったときに、生きてあえないであろう事は予想していた。

いや、捕虜になったことを知る以前から分かっていた。

ミレリアお嬢様がご実家に戻られてからしばらくして、エリス様にお嬢様が手紙を書いて使用人に届けさせたことがあった。

一月後、使用人は手紙を持ったまま帰ってきた。

エリス様が住んでいた村を探し当てることは出来たが、本人は村に帰っていなかったのだ。

心配して落ち込むミレリアお嬢様を励ますため、二人が別れたときの状況を、お嬢様と御者に確認した。

そして理解した。

お金も知識も無く街に放り出された幼い女性がどうなるのかを・・・

だがそのままミレリアお嬢様に伝えることが出来ず、適当な嘘で塗り固め、エリス様は帰郷途中に良い人に出会ってその人について行ったと言うことにした。

ミレリアお嬢様は世間知らずだ。

最初は信じては貰えなかったが、何度か嘘の報告をするうちに信じて貰えた。

あの時もっと真剣に探していればここまでひどい再会にはならなかったかもしれない。

だが今更すべてが手遅れだ。

ミレリアお嬢様の独白は王城から騎士がやってくるまで続いた。




大司教は薄暗い森の中を走った。

「なぜこうなった」

大司教だけで無く複数の司祭や修道女、第四十五代聖女に関わっていた者たちは窮地に追いやられていた。

聖女が敵国に与したと言う事実だけでも問題だが、その理由に教会が大きく関わっていた事や聖女に対する虐待が暴露されたのだ。

元聖女のお付きだった下級貴族出身の元修道女の証言だけであればもみ消せた。

しかし、敵であるホロウェイン公爵が身代金を払って国に帰った際、我が国の騎士達に国境で元聖女の話をした。

「なかなかいい奴隷だった。自分の住んでいた国の名前すら知らず、手を上げるだけで何でもおとなしく言うことを聞く。今度聖女がいらなくなった時もよろしく頼む。代金ははずむぞ」

そう言って笑いながらホロウェイン公爵は去って行ったそうだ。

この件を教会内の対立派閥の連中が市井にまで触れ回った。

話が大きくなり、問題が王国に飛び火するのを恐れた王家によって我々は追われている。

他の連中とはぐれてしまったが気にしている余裕は無かった。

「くそっ!」

その数日後、元大司教達の処刑が執り行われた。


そして更に数年後・・・

ケーゼバイン王国の王族と教会の主立った者が、再度侵攻してきたホロウェイン公爵によって捕らえられた。

「あの奴隷をうまく使っていれば、一度目で征服できたかもしれんな・・・」

ホロウェイン公爵は広場に並べた王族たちを見下ろしながら呟き、掲げた手を振り下ろした。






「てことが一回目の時にあってな。私は悟ったんだ。いい子にしてても痛いし強ければ痛くないって」

御年二十五歳の皇帝陛下は二回ほど死んで自称七十三歳だそうだ。

・・・未だにこの手の話題になんと言っていいのかよく解らない。

「はあ、そうですか・・・それは大変でしたね陛下」

「まあ今は分からんだろうが、おまえもあと五十年ぐらいして一度死んだら分かるかもな」

「・・・僕、七十まで生きられますかね?その前に過労で死んでませんか」

「む、おまえは私の秘書官だろう。私より先に死ぬつもりか愚か者め」

「あ、はい分かりました。ところでデンセル伯爵領に討伐軍を出す話ですが、デンセル伯爵が何かしましたか?」

とりあえず了解だけは示し話題を変えた。

「あやつ何もしていなかったんだよ。治水も農地改良も。民に負担をかけるだけで何もしない無能など害悪でしか無い。将来的に税収が減って私の懐がさみしくなるではないか。本当に忙しくてかなわん。奴のせいで今日のノルマが終わりそうに無い」

「あ、そうですか陛下、では今日は週に一度のおやつの日でしたが、忙しいようでしたら取りやめますか?」

バン!

皇帝陛下が机を拳で叩いた。

「愚か者、なぜ私があやつのせいで楽しみを我慢せねばならんのだ。すぐに用意させろ」

皇帝陛下は執務机から立ち上がり、ソファーへと移動した。

僕は控えの侍女に合図をしてお茶の用意をさせる。

「今日の菓子はなんだ」

「最近城下で流行っている苺のショートケーキです」

「ほう、ほう、苺か、それはたのしみじゃな」

ほどなく侍女がお茶とケーキを運んできた。

「バリビエール以外は下がっておれ」

皇帝陛下が侍女達を退室させる。

「バリビエール、私は書類仕事で手が疲れた」

そう言って皇帝陛下は手をだらりと下げた。

「はいはい・・・」

僕はケーキを小さく切って皇帝陛下の口元へと運んだ。




世界を征服し初代神聖帝国皇帝となったエリスは、逆らう者は容赦なく処刑する残忍な皇帝として文化人たちの書物には記されている。

だが皇帝エリスが崩御した後しばらくして、市井の民は苦しいことがあるとあの時代は良かった、と呟いたという。

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