4.視聴者の声(10代女性)
「………このようにSPU(Supernatural Power User)、世間一般ではユーザ、能力者、魔法使いなどと呼称される新人類が世間に認知されるようになってすでに15年以上の年月が経っているわけですが、それまでの常識とは全く異なる現象であったわけでして、まだまだ謎の多い新領域であることは間違いないわけでして、つまり………」
国内外特別警備隊、関東地方本部基地内部の一室。
中学校卒業時に能力検査が半ば義務付けられるようになり、所属隊員の中には20代に達していない隊員が相当数存在する。
成人前の子供に軍役を課すことの是非について、未だ世論は大きく割れているが、一方でモンスターの脅威というやむを得ない理由もあり、能力を発現したほとんどの子供が警備隊に所属しているのが実情となっている。
そこで、倫理的な批判を少しでも避けるため、成人前の隊員に関しては訓練生という位置付けにし、実務とは別に、一般教養や情操教育のための座学を実施することで、教育機関としての体面を繕っている。
というわけで、私こと石崎つばめも、SPUだと判明してしまったせいで、「SP(Supernatural Power)概論」というなんとも怪しげな講義を聞かされているわけだ。
「……であるからして、それぞれの能力について大まかに分類し、その特徴や効果等を明確化した上で、SPUとの関連性やその発現の法則、メカニズムを捉えようとしたわけであります。
これがいわゆるランク分けのもとになった考え方でありますが………」
私は、SPU、いわゆる能力者が嫌いだ。
自分に能力が宿っていると思うと、それだけで暗い気分になる。
もちろんこんな考え方をしている私のような人間は、警備隊の中では異端だ。
現に私と一緒に講義を受けている数十人程度の訓練生は、どいつもこいつも真剣な眼差しで講義を受けている。
しかし、一見、人類のために命がけで頑張ります、みたいな顔で講義を受けている同年代の少年少女たちの頭の中に、非能力者を見下す気持ちが、守ってやってるんだという傲慢さが、ゆがんだ選民思想が少なからずあることを私は知っている。
彼らだけではない。
成熟した精神性を持つはずの大人の能力者たちでさえ。
2年ほど前、卒業を間近に控えた中学3年の冬の終わりのことを思い出す。
矢印の方向にゆっくりはがしてください、と書かれた少し厚めのハガキには、私の名前と住所、そして最寄りの検査会場の場所と検査日時が記されていた。
能力者の割合が世界的に見て異常に多いとされる日本でも、その発現率は0.1%を大きく下回る。
まさかそんな低い確率を自分が引き当ててしまうなど想像もしていなかった私は、私の検査結果に声を上げる大人たちの狂気じみた喜び方が、ただただ恐ろしかった。
「まず、能力の種類分類に関わらず、SPそのものの強弱について、AからDというランクが振り分けられます。
つまり、設定当時、最も高いSPUの強度をA、逆に最も微弱であったSPUの強度をDと定めたわけでありますな。
また、Aを大きく上回るSPUに対してSランク、非能力者をEランク、とする分類も一部使われておる、ということも一応紹介しておきましょう。
むろん、SPというものを客観的なデータとして測定・観測することは、未だ人類は成功した例はないため、この強弱を測定すること自体も、特別な能力を持つSPUに観測させ、評価を行っています。
つまり、あくまで主観的なデータであることを覚えておかなくてはなりません。また………」
私の能力はAランク以上、つまりSランク相当だと判定された。
あまりにもぶっちぎりな強度だったため、厳重な警備体制を敷かれ、検査が終わるや否や半ば拘束されるように別室にて待機を命じられた。
スマホも繋がらず、誰にも連絡できないまま、入口に鍵の付いたビジネスホテルのような一室で、私はそのまま眠れない夜を過ごした。
両親と面会できたのは、次の日の昼過ぎだった。
未成年の入隊に関しては、本人と保護者の同意を必須とする規則があるため、両親は、絶対に家に連れて帰るから、心配せずに待ってて、と言ってくれた。
しかし、両親の愛情をうれしく思うと同時に、私は半ばあきらめていた。
昨日から代わる代わる私を訪ねてくる大人たちの目が、白衣を着た研究者の実験動物を見るような目が、軍服を着た男性の値踏みするような目が、その狂気じみた瞳の奥が、私はもう帰れないのだと言っていた。
入隊を拒めば、両親を殺してでも私を捕まえるのではないか、と脅迫観念のようなものに突き動かされ、私は両親を説得し、入隊を希望した。
父も母も、最後まで連れて帰ろうと頑張ってくれていたが、結局はあきらめてくれた。
父の泣き顔を、私はそのとき初めて見た。
「………そして一方で、その能力の種類、つまり、何ができるかということもまた、能力者を判断するうえで重要な情報となることは言うまでもないわけです。
もちろん、SPは、そのユーザの精神性に非常に密接な関係を持ち、それぞれによって微妙な個性も存在するため、当初から細かな分類は不可能、ある程度のいい加減さを許容した分類がなされております。
このあたりの区分は、SP研究の初期に設定されたものでありまして、その後の研究により多くの例外や該当しないものなど数多く報告が上がっており、必ずしも事実を正確に表現したものではありません。
が、感覚的に理解しやすく、また局地的、戦略的な作戦を立案するうえで、十分有用であるとの知見から、現在でも多く用いられている分類ですので、皆さんも十分把握しておいてください。
例えば、最も一般的な能力と言えば、やはり「棒」や「球」の能力でしょう。
皆さんの多くはこの能力に該当するのではないですかな?
ああ、もちろん、パイプやバット、石や野球ボールも、分類上はここに区分けされますよ。
物を対象にした能力の場合、その対象が精巧ないし構造が複雑であればあるほど、能力を発揮するのが難しいと言われており、その点で、これら単純な構造の物体で、かつ戦闘行動に向く物体を対象とするのは、非常に合理的であると言えるでしょう。
もちろん、十分なSPの強度があれば、もう少し複雑な構造を持つ物体、例えば、刀、弓、はさみなど、部品点数が増え、鋭利な箇所を持った武器を使用することが可能です。
これらはもともとの武器としての性能と相まって、使いこなすことができれば非常に強力な武器となり得ます。
十分に能力を発揮できるバットと刀の能力者が対峙した場合、ほぼ後者に軍配があがる、と言えるでしょう。
また、一部例外的に………」
鳴り物入りで(もちろん私は全く望んではいなかったが)訓練生として入隊した私だが、入隊直後の能力テストの結果は、当時良い評価を受けなかった。
私は物を対象にした能力者で、その対象は「自転車」だった。
実家が自転車店を経営しており、小さいころから自転車に触れる機会も多かったからだろう。
私はそのとき、父を思い出し嬉しい気持ちになったが、周りの大人たちの落胆はひどいものだった。
何しろ自転車だ。
部品点数はバットどころか、弓やはさみとだってくらべものにならない。
当時、「銃」を対象とする能力者がアメリカにいたらしいが、かろうじて使える、という程度だったらしい。
私の「自転車」も、強力なSPの無駄遣いだと、ずいぶんきつい指導を受けた。
一日中バットや鉄球を持たされ、戦闘訓練でぼこぼこにされたり、人体実験にかけると脅されたり。
元々不信感を抱いていた警備隊だが、この時期の扱いによって、私は彼らのことが決定的に嫌いになった。
その後、私の能力の詳細が判明するにつれて、再度態度を急変させることになり、今に至るのだが、もう警備隊の人間に私が心を許すことは2度とないだろう。
「………であるからして、他にも、物だけでなく、もっと抽象的な概念や要素を対象とする例もいくつか報告されておりますが、彼らの報告例は非常に数が少なく、その詳細については………」
講義を聞いていると、どんどん嫌なことを思い出して、鬱になりそうだ。
どうせ受験や就職があるわけではない。
幸い今は一番後ろの端の席に座っている。
机の下でスマホを見ていてもばれないだろう。
私はポケットから、警備隊支給のスマホを取り出す。
さぼりの履歴は残るだろうが、ばれたところでかまうものか。
私は慣れた手つきで、最近はまっている動画サイト、MeCubeのアプリを立ち上げる。
元々はスマホをいじる方ではなかったが、外出を制限され、友達もいない現在の境遇では、時間つぶしのネタが少なく、近頃はもっぱらスマホで動画を見て暇をつぶしている。
いつもは気の向くままにいろんな動画を飛び回っているのだが、最近は半年ほど前に見つけたチャンネルをちょくちょく覗くようにしている。
このチャンネルは、主にモンスターの生態や特徴、狩り風景を撮影・投稿しているのだが、まぁ、動画のいたるところにセンスの無さが光る。
撮影時間が夜のため、画像は暗く見づらい上に、手振れがひどい。
音はノイジーで有益な環境音はほとんど拾えておらず、音無しで見たいくらいだ。
時々入るスローモーションは、スローの時間が長すぎるせいでどこが見どころか全然わからないし、解説の字幕は信じられないほど長文で読む気が失せる。
せっかく取り扱っている題材は良いのに、持ち前の動画撮影・編集能力の低さにより全部台無し。
実際、チャンネル開設当初はそこそこ再生されていたのに、今では投稿しても1桁しか再生されていない。
普通なら私も、こんなゴミ動画、再生数秒で飛ばす。
だが、なぜかこのチャンネルだけは、何となく動向を追ってしまう。
(お、アップされてる)
気まぐれに2つ3つ動画を見ているうちに気づいたのだ。
この投稿主は、動画を投稿するごとに、自分なりの改善策を実行している。
フォントを変えたり、エフェクトを使ってみたりと、視聴者の気を引こうと一生懸命なのだ。
まぁ、その策がことごとく的外れで、改善どころか改悪になっているケースも珍しくないのだが………
ただ、その実直な姿勢が、何となく投稿主の人柄を表しているようで、友達の少ない淋しさを紛らわせてくれる気がして、見るのがやめられない。
ちなみに、チャンネル登録はしていない。
動画に対する間違った評価を与えたくないし、正直、こんな動画をひいきにしているなんてデータが残るのは心底遠慮したい。
見ていることすら恥ずかしいくらいだ。
講師の目を盗んで、イヤホンを取り出し、スマホに取り付ける。
頬に手を当て、机に肘をつき、腕に這わせたイヤホンを片耳だけ挿入。
昨日アップされたばかりの動画をクリックし、再生を開始する。
すると、
(ちゃんちゃんちゃんちゃちゃ~ちゃかずんずんちゃっちゃ~、ちゃんちゃんちゃんちゃちゃ~ちゃかずんずんちゃっちゃ~)
「こ、これは………」
講義中にもかかわらず、思わず声が漏れてしまう。
本編に全くそぐわない陽気なサウンド、初めて見る気色の悪いキャラクター、センスゼロのチャンネルロゴ………
「くそだせぇ………」
このオープニングムービーいらないよ、タケちゃん………