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予期せぬ来訪者

そこは、まさしく梶田が命を落としかけた場所だった。


昨晩、呪いの女と呪いの男の子に襲われ、危うくこの崖から落ちそうになった。


が、ガードレールは特に壊れてもなければへこんでもいない。

ここがまさしく自分が死にかけた場所だということは思い出したが、どのようにして助かったのか?

そこまでは覚えていない。

何しろ“落ちて”しまっていたのだから無理もない。


「うっ」

梶田は頭が痛くなり、頭を抱えてひざまずく。

「大丈夫?」

理保は心配そうに駆け寄る。


「ここで一体何があったんだ?」

「どういうこと?」

「僕は確かに今こうして生きている」

「えっ?」

「確かにあそこから・・・」

梶田は崖の上を指差す。

「落ちた・・・と思ったんだが・・・」

不思議そうに梶田の指差した方向に目をやる理保。

「ガードレールを飛び越えて?」

「僕は気絶してしまって、全く記憶がないんだ」

理保は上に上げた視線を、今度は下に移す。

「これは何?」

「うん」

理保と同じ疑問を持っていた梶田は頷く。

「海藻がやたらたくさんあって、盛り上がってるけど・・・」

一つ海藻をつまみ上げる理保。

「もう戻ろう?」

いくら考えても答えはわかりっこないと、理保は戻ろうと促す。

結局謎は未解決のまま・・・。


梶田は1日病院で休んだ後、夜に自宅のマンションに戻った。

いつどのように車を駐車場に戻したのか?

梶田は全く覚えていなかったのだが、なぜかいつもの駐車場に、何事もなかったかのように自分の車が戻っていた。

傷一つ付いておらず、全く変化はなかった。


が、梶田が自身の車に近づくにつれ、いつもとは違う、相違点が一つ、明らかになりつつある。

車の上に何かが乗っかっているのである。

海藻であった。


梶田はすかさず昼間見た海藻を思い出した。

もしやあの海藻と同じものでは?


昼間見た異常な情景を思い出す。

一直線に延びている海藻の細長い塊・・・

まさかとは思うが、巨大な海藻の塊が伸びてきて、落ちそうになる自身の車を押し戻した?そんなバカな!そんな馬鹿げた結論には納得できず、逡巡する。


さすがに疲れて来て、梶田は部屋に戻ろうと観念する。

部屋までたどり着いた梶田だったが、一抹の不安、というよりも恐れがあり、入るのを躊躇する。

今夜自分の部屋に、あの呪いの女、呪いの男の子が現れやしないか?と。

夜に幽霊がでやしないか?などと怖がるのはまるで子どもみたいだが、それだけ梶田の精神に、恐怖の楔が打ち込まれてしまっていた。


その時、カツッと背後で足音がした。

思わずビクッとし、後ろを振り向く梶田。

そこには心配そうな顔をした理保が立っていた。


一瞬でも恐怖を感じてしまったゾワッとした余韻と、羞恥心連合軍は、梶田を霊的な意味とは違う意味での金縛り状態にした。


何となく固まっているかな?とは思いつつも、とにかくここに来た意図を告げないと・・・という思いから、理保は言葉を発する。

「あ、あの・・・やっぱりちょっと心配になって、来ちゃった」

「な、何で僕のマンションを・・・?」

「あ、稲村院長が教えてくれたの。」

「院長が?」

「何かニヤニヤしながら教えてくれたから、やっぱり私達のこと疑っているのかも」

「えっ? 疑うって、何を?」

「何を?って・・・」

思わず理保は苦笑する。

「あっ・・・」

梶田は何のことか察するが、もう精神的に疲れはて、そんなことはどうでも良かった。

「とにかく部屋に入ろう」

「えっ?」

理保は突然のその申し出に照れつつも、梶田があっさり部屋に入れてくれようとしたことに喜びも感じていた。


「あの・・・」

その時、またもや予期せぬ来訪者が現れる。

あまりにも予期せぬことに、梶田はまたもやビクッとしてしまう。


見知らぬ若い女性であった。


瀟洒な服装。

一見して美人といった外見に、理保の心に何となくモヤモヤ感が沸いてくる。

「どちら様ですか?」

その言葉にはどことなく怒気が含まれていた。


理保のその言葉に含まれる意味を何となく感じとった女性は、タイミングが悪かった、と思った。

「すみません。また来ます」

その女性は会釈して去ろうとするが、一体何の用があったのか?と、気になる梶田は呼び止める。

「あーちょっと」

女性はその言葉に足を止める。


「僕に何か用ですか?」

「あ、はい」

「何故僕のマンションを・・・」

「院長さんに教えていただきまして・・・」

「院長?」

理保は幾分怒気を含んだ表情を浮かべる。

「あの院長は誰にでも住所教えるんか! 個人情報!」

理保は意味不明の対抗心を燃やした。

「あの私達付き合ってますんで!」

「えっ?」「えっ?」

女性と梶田は同時に言葉を発した。

女性はそういうつもりは毛頭無く、全く別の意図で来訪したことを慌てて伝えようと言葉を続ける。

「いえ、違うんです」

「え? 違う?」

理保は冷静になり、突然猛烈な羞恥心に襲われ、顔を真っ赤にした。


梶田は精神的に疲れ果て、よく事態を飲み込めなかったのだが、とにかく何とか事態を収集しようとした。

「とにかく二人とも中へ入ってください」

「え? 3人で中に入るの?」

自分が中に入るのも少し照れ臭かったのに、こんな見知らぬ美人と一緒に入るというのも、突然でもあり心の準備が・・・

と、理保は戸惑ったが、とにかく中に入るしかなかった。


部屋の中に入ると、リビングダイニングが目に入る。爽やかさ、心地好さ漂い、客人をおもてなすには十分であった。


ダイニングテーブルにチェアがあり、女性と理保は並んで座る。


梶田はなかなかのコーヒーマニアで、キッチンでコーヒーを淹れている。なかなか高級そうなコーヒー豆の香りが漂い、理保と女性の心を落ち着かせる。


梶田の提供したドリップコーヒーは、理保と女性の心を落ち着かせた。もちろん梶田自身の心も──。




結局事情を話し終えた女性、理保共にそのまま帰ることになり、梶田は一人で夜を明かしたが、特に何事も起きなかった。



次の日の朝、梶田はやはり海藻が気になり、例の現場へ向かう。


現場に着いた梶田は、ある変化に気付く。


役所の人間がいち早く処理したのか、おびただしい量の海藻がきれいさっぱり無くなっていたのだ。

その代わり、何故かサーファーの数が多かった。


梶田は海辺まで行き、楽しんでいるサーファー達を眺める。梶田はサーフィンが好きだった兄のことをを思い出していた。

まだ梅雨に入る前の比較的温暖な気候で、爽やかな風が気持ち良かった。


確かにこの時期からサーフィンに興じる人もいる。だがこの海はこれまでサーフィンをする人の数が多かったというわけでもない。

それが尋常ではないくらいの数のサーファー達がいるのだ。


男性サーファーが梶田の横を横切ったので、梶田は声をかけ、何故サーファーが多いのか尋ねた。



ビッグウェーブ──。



それが最近出たという噂がしきりに流れているのだという。

サーファー達にとっては滅多に無い機会。もしビッグウェーブがあるなら是非ともその波に乗りたいと、サーファー達が続々と訪れているのだろうと。


もし兄が生きていれば、やはりそのビッグウェーブに挑戦したかったろうか・・・

梶田は兄がビッグウェーブを見事に乗りこなしている姿を想像した。兄との思い出に浸りたい心境になったが、梶田の心に落とされた暗い影がそれを阻止していた。

その暗い影とは、昨夜の予期せぬ来訪者の懇願であった──。


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