思わぬ恐怖
真夜中の道路。車の通りはほとんど無い。
そんな中、梶田の運転する車は不安定なジグザグ走行をしている。他の車はほとんど無いため、事故を起こさずに済んでいる。
車の上には呪いの女が張り付いて、運転席の梶田を睨み付けている。
後部座席には呪いの男の子。依然として梶田の首には赤い毛糸がきつく巻かれている。
「こ・・・これは一体・・・」
心臓病の手術前日に、その患者の部屋にしか現れないはずの、呪いの女、呪いの男の子がなぜ俺の車に?
不可解であったが、それよりもまず、自分の命が危ない。
梶田は恐怖におののきつつも、なんとか冷静さを保とうとした。
(手が・・・動かない!)
呪いの女は依然として梶田を睨み付けている。
ますます恐ろしさに拍車がかかっている。
(あの時と同じ・・・)
梶田の初手術の時である。
(いや、でも何かが違う)
手が勝手に動く、という点では同じなのだが、あの時とは微妙に感じが違うことを感じていた。
恐怖でガチガチに縛り付けられ、望まない方向へ手が勝手に動いてしまう。何か体全体が抑え込まれて体全体がズキズキ痛いような、何とも言えない感じを梶田は味わっていた。
梶田は思った。
今まで手が勝手に動いて手術が失敗してしまった医師達は、まさしく今、自分が感じているような、嫌な感じを味わっていたのではないか?
ギュッと、首の絞めもキツくなる。
「うっ・・・」
このままいけば、脳に酸素も行かなくなり、体全体にも酸素が行かず、死ぬことは明らか。
それでも何とかしなければと、冷静に考えていた。
ふと気が付くと、目の前にいたはずの呪いの女が消えている。
「!」
呪いの女はいつの間にか隣の席にいた。
そして梶田の両手を覆うようにハンドルを握り、梶田の動きをがっちり抑え込んでいる。
足も動かないので、ブレーキも踏めない。
梶田は金縛りというものに遭ったことはなかったが、もしかしたら金縛りとはこんな感じなのか?と思った。
まずは今、どういう状況なのかを分析しようと試みているのだが、そんなことくらいしか思い付かない。
対向車線から車が来る!
呪いの女は明らかにその車にぶつけようと、物凄い力でハンドルを動かす。とても女性の力とは思えない。いや、それどころか、人間の力とも思えない。
このまま行けばぶつかる!
「こんな所で・・・死んでたまるか!」
梶田は必死の力を奮い起こす。これが火事場のバカ力というヤツだろうか、ずっと物凄い力で押さえ付けられていたのが、急に解き放たれ、ガクンと勢い余ったかのように梶田はハンドルを切る。
車は急激に元の車線に戻り、激突は何とか免れる。
フラフラしながらも、梶田の車は走り続ける。
こんなようなことを何度か繰り返し、何度も死がよぎるような場面に出くわしながらも、梶田は「断じて生きる!」という強い想いを保っていた。
心臓の弱い者なら、とっくに気絶しているであろう。
しかも梶田は依然首を絞めつけられている。
さすがにだんだん気が遠くなる。
瞼が徐々に下がり始め・・・
「い、いかん。このままでは・・・」
梶田の車が走っている道路の脇には海が見え始め、崖の上の道路を走っている。
急激なカーブに差し掛かり・・・
梶田の足が勝手に動き、アクセルをふかす。
カーブを曲がらず、そのままスピードを増し、直進する。
崖に落ちる!
そう思ったと同時に、梶田は柔道で言う所の、いわゆる落ちた状態に・・・。
崖の下に落ちたら間違いなく死ぬ。
そんな危機的な状況で、梶田は何故か気持ち良くなっていた。
まさしく気持ち良く眠るように・・・。
───。
窓から陽の光が差す中、梶田は目を覚ました。
何故か自身が勤務する病院のベッドで寝ていた。
ベッドの横の丸椅子に、理保が座っている。
「あ・・・」
「・・・」
「良かった」
理保は安堵の表情を浮かべる。
梶田は何が何だかわからない。
特に大きなケガはないが、身体中のあちこちが痛い。
「いたた・・・」
「大丈夫?」
「僕は一体・・・」
ガチャとドアが開く。
入って来たのは、この病院の院長、稲村だ。
「気付いたかね?」
「・・・」
理保は座ったまま、どうして良いか分からなかった。
「エヘン」
稲村はわざとらしい咳払い。
理保は座ったまま。
「エヘン」
稲村はわざとらしい咳払い。
何となく察する梶田。
理保はぼーっと座ったまま。
梶田は理保の手をポンと叩く。
「ずっと居てくれたんですね。ありがとうございます」
「ううん」
理保は少し照れたように首を振る。
が、未だに座ったまま。
「エヘン」
稲村はわざとらしい咳払い。
「?」
何となく気付く理保。
「あ・・・」
理保はばつが悪そうな顔をして、あわてて立ち上がる。
理保が梶田の顔を見ると、梶田はコクンと頷く。
「また後でね」
小声で言うと、理保は出て行く。
理保か出ていったのを確認すると、稲村は口を開く。
「付き合ってるのかね?」
「はい・・・」
梶田はまだぼーっとしていたため、何となくそう答えてしまった。
「けっこうなことだ」
「えっ?」
「安心したまえ」
「付き合ってる? ・・・あ、いえ。別に付き合ってません」
「既に処理してある」
「えっ?」
「口外してはならんぞ」
「言ってはいけない?」
「君の医師生命にも関わってくるぞ」
「彼女と付き合うことがですか?」
「何を言ってるのかね? 」
「えっ?」
「 君は道交法違反の疑いで、意識が戻ったら警察の取り調べ受ける所だったが、そうならないよう、処理しておいた、ということだ」
「道交法違反?・・・」
「ったく。君は昨夜一体何をやっていたのかね?」
「そういえば・・・」
梶田は自身の首に手をやる。明らかに締め付けられた跡はある。
「君は心臓病手術を成功させた。今やこの病院のホープだ。あらぬ疑いたてられぬよう、気を付けたまえ」
「・・・」
「期待しているよ」
稲村はそれだけ言い残すと出て行った。
「僕は一体どうやって助かったんだ・・・」
他にも様々な疑問が沸き上がり、梶田は呆然としていた。




