勤務初日
何事もなかったかのように、病院を朝陽が照らしている。
「お早うございます!」
梶田克春が入って来る。
まだ20代前半くらいの若さ。イケメン爽やか男といった容姿である。
「本日よりこちらに勤務することになりました、梶田克春です。専門は外科になります。よろしくお願いいたします!」
頭を下げ、挨拶をしてはいるが、どこかぶっきらぼうであり、どこかぎこちなくもある。
緊張のせいもあったろう。
午前中は無難に診療を終え、休憩に入った。
梶田は自販機で缶コーヒーを買い、ロビーのソファーに腰かける。
手術室前には人だかり。
何かあったようで騒がしい。
梶田はその騒ぎを横目に見つつ、缶コーヒーを飲んでいる。
イケメンに目のない井森理保がすかさず駆け寄って隣に腰かける。30ちょっと過ぎの、勤務10年になる看護師である。実年齢よりは若く見える。
「こんにちは! 私はこちらに勤務する看護師の井森理保です。よろしく!」
「あっ・・・あぁよろしく」
「何でこの病院に来たんですか?」
「え? 何で・・・とは?」
「え? だって・・・」
「?」
「私はぶっちゃけお金のためですけど、あなたもやっぱそうなんですか?」
一瞬、ムッとした表情を見せる男。
「お金・・・とは?」
「またぁ。しらばっくれて」
「一体何の話ですか?」
「本当に? まさか何も知らないの?」
「僕はただ心臓病の権威の院長がいる病院だからと・・・」
「その心臓病・・・手術失敗続きなんだけど・・・」
「何だって!?」
「本当に何にも知らないんだ?」
「すみません・・・僕はそういうことには疎くて・・・」
「心臓病の手術、失敗続きだから、何か呪われてるんじゃないかって噂で、誰もここで働きたがらないの」
「!」
「今日も心臓病の手術、失敗だったみたい」
「まさか、その騒ぎ?」
梶田がチラッと手術室を見ると、医師が家族たちに謝罪している様子。
「だから給与べらぼうに高くして、まぁ金で釣ってるってわけ」
「いや・・・僕は別に金とかそういうことは・・・」
「ふうん。何も知らなかったんだ」
「ただ心臓病に苦しむ患者さんを救ってあげられればと・・・」
「へぇ! 凄い!」
「いや、別に・・・」
「きっとあなたなら、この病院救ってくれそう!」
「はぁ・・・」
男は、もうひとつの恐ろしい噂については、聞く機会を得なかった。
女はその噂も話すつもりだったが、あまりの嬉しさに忘れ、行ってしまった。