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1光年先の君へ  作者: 天然記念物
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生きる理由と生きる意味



「生きる理由も意味もない……」


何もない。

毎日死に怯え続け、生きている人を見るのが辛い。

みんな、生きているんだと私はいずれ死ぬんだと。そんなことばかり考えてしまう。


「生きる理由も意味もある」

「……………え?」

「水月は俺と演劇をするんだ。俺と舞台に立つんだ。俺は水月と演劇をしたい」


真っ直ぐに私を見る目。

凛とした表情と声。

とても綺麗なものを見ているようだった。

まるで私の中の汚いものを洗い流すかのように。まるで私の中の病気を消し去るかのように。私の中に落ちて澄み渡る。


「それが、生きる理由と生きる意味じゃダメかな…?」


差し伸べられた君の手を掴むべきだろうか。

これが正しい道なのだろうか。

これで少しは楽になれるだろうか。

君のことを知ることは出来るだろうか。

もう誰も泣かなくて済むだろうか。

もう誰にも迷惑をかけないだろうか。

後悔は、しないだろうか。

わたしは、わたしは……てていいのだろうか。


「…わたしは、生きてていいのかな」

「生きてほしい」


君の言葉を信じていいだろうか。

信じてみたいと強く思った。

だから君の差し伸べた手に手を重ねた。

柊木から離れる時、体温も離れて少し寒かったが柊木は優しく背中を押してくれた。


「ずっと、私を必要としてくれる?」

「必要だよ」


君は太陽のように笑うんだ。

私も笑ったような気がした。

私は笑えてるだろうか。

おかしくはないだろうか。


「やっぱり、笑った顔好き」


光のその言葉で何か重いものが少しだけ軽くなったような気がした。


「顔ぐしゃぐしゃ」


光は眉を八の字にして笑い、ティッシュで私の顔を拭いてくれた。


彼の横にある袋に目がいった。

コンビニ袋からうっすら透けて見えるピンクのパッケージはいちごみるくだ。


「また、いちごみるく?」

「水月と仲直りしようと思って」

「仲直り?」

「うん。怒らせちゃったから」


そっか。私は怒ってたのか。


「…飲む?」

「…飲む」


光からいちごみるくをもらってストローをさして一口飲む。

あの時は味がしなかった。

何も思わなかった。

でも、今は……


「どう…?」


光が不安そうにこちらを見る。

私は思いっきり笑った。


「甘い!」




その夜は久しぶりに柊木と勉強会をした。


「…ありがとね」

「彼を連れてきたことか?」

「まぁ、それもあるけど。今まで側にいてくれて」

「…」

「ずっと側にいてくれたよね。何も言わずに」

「…何もできなかったんだ」

「側にいてくれたよ。それだけで充分」


柊木は珍しくそわそわし始めた。


「あの、さ」

「何?」

「雨宮、のことなんだけど…」

「…沙良?」


柊木は頷く。

赤ペンの蓋を開けたり閉じたりして落ち着きがない。


「すぐじゃなくてもいいから、水月から話しかけてほしい」

「…いいのかな」

「雨宮は、きっと喜ぶ。毎日俺の所に来るんだ。水月は元気ですか。水月はどんな様子ですか。水月は私のことが嫌いになったとか言ってましたか、って」

「…」

「お前が思っている以上に、お前のことを考えている人間がたくさんいる。だからといって無理して人と関わらなくていい。でも、雨宮にはちゃんと話せ」

「病気のこと?」

「違う。病気のことじゃない。何でもいいんだ。今日は暖かいね、とか。寒いね、とか。雨宮が可哀想だ」

柊木からこんな事を言われるのは初めてだ。

柊木はこういうのが苦手だ。

人の奥底にあるものに触れるのが苦手だ。だから、自分からはいつも触れに行かない。なのに、今柊木は私たちの奥底にあるものに触れようとしている。


「間に合うかな…?」

「間に合うよ。雨宮は優しいからな」


柊木の必死な顔も久しぶりに見た気がする。

私だけじゃない。柊木も変わってるのかもしれない。光と何か話したのかな。だから、柊木の周りの空気が少し熱を帯びているのかな。


「わかった。話してみる」


柊木は深く息を吐いて、机に突っ伏した。


「どしたの」

「緊張して疲れたし、少し頭痛い」


こんなに穏やかな気持ちになったのはいつ以来だろうか。

勝手に手が柊木の頭を撫でていた。


「痛いの痛いの、飛んで行け」


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