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1光年先の君へ  作者: 天然記念物
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痛いの痛いの、飛んで行け

「…光」


一瞬頭が真っ白になり、ドアを閉めようとすると先生に防がれる。男の力に勝てるはずないとすぐに離れて近くにあった物を掴んでは投げ掴んでは投げ拒絶した。


「来ないで!」


自分でもよくわからない叫び声を上げた。


「水月、聞いて」

「うるさい!うるさい!出て行け!」


耳を塞いでしゃがみこむ。

塞いでいた手に手が重ねられ、顔を上げる。


「…ひい、らぎ……」

「水月、悪かった。彼を連れてきてしまって。でも、毎日彼はお前を待ってた。待っててくれたんだよ、この1週間。勝手に判断して、俺から話しかけた」


お互い、昔の呼び方になってることにも気づかなかった。


「待ってた…?」

「放課後ずっと校門の前にいたんだ。声をかけたら、水月とのことを話してくれた。彼なら大丈夫だと思ったから連れてきた」


光を見ると彼は頭を下げた。


「ごめん。今日は謝りに来たんだ。何も分かんないのにひどいことを言ってしまったから。それから見かけなくなって、後悔した。傷つけて、本当にごめん」

「…」


私は柊木の腕を何故か強く掴んだ。

まだ、柊木の優しさに甘えているんだと思う。


でもさ、と彼は続けた。


「水月と演劇やりたいって言ったのは後悔してない」


目から一筋の水が出て頰に伝う。


叫びたい。

全部を拒絶して私の周りに何もなくなるように。

お願いだからもう関わらないで。

私には何もないんだって。


柊木のカーディガンに顔を押し当てて声を押し殺して泣く。柔軟剤の甘い匂いがした。


みっともない。人前で泣くなんて。恥ずかしい。

自分の声が気持ち悪い。

息が苦しい。


「…っむ、りだっ……よぉっ……!」


上手く言葉が出ない。

ちゃんと聞き取れるかわからない。

嗚咽と鼻声で苦しそうに話すものほど惨めなものってある?

別に自分が悪いわけじゃないのに泣いてる人がいたら謝りたくなるのは、哀れんでるからだよ。

泣く方も辛いけど、聞く方も辛いんだ。

私が、家族に対してそうであったように。


「………ど、うせっ……死ぬ…っんだからぁぁ………」


声と手が震える。

柊木を強く抱きしめた。

闇へ落ちてしまわないように。

必死にしがみつく。


「必要とされないからっ……だ、から……みん、な、うら……ぎるの…………。わたしを……うらぎっ、るの……。1人にするの……」




________________________


自分の腕の中で泣きじゃくる小さな女の子と出会ったのは小学生の時だ。


影山と仲の良かった俺はよく影山の家で遊んだ。

妹がいるのは知ってたし、妹も普通に仲良くしてくれた。


ある日。

影山がトイレに行ってくる、と居間から出て行った時。

俺と水月は2人っきりになった。

水月は何かにつまずき、べちゃあ、と転んだ。

見事に転んだ。俺は慌てて大丈夫か、と声をかける。


小さいながらにして俺は「あ、泣くな。嫌だなぁ」なんて思った。一人っ子の俺は小さい子の慰め方とか分からなかったし、泣き声は怖かったからだ。


だけど、水月は泣かなかった。


「ひーらぎ、ありがと」


少し目が潤んでいるように見えた。

水月の頭を撫でると水月は歯を食いしばって泣こうとはしなかった。

とても、強い子だと思った。

多分、自分を見せるのが苦手なんだろう。

自分を見せるのが、怖くて恥ずかしいんだろう。


影山が戻ってくると安心したかのように影山に抱きついて側から離れなかった。

影山は少し赤くなったおでこに気づき、


「痛いの痛いの、飛んで行け」


とおでこを撫でた。


あの頃の水月は俺ではなくて影山に甘えていた。

不器用な甘え方だったけど、水月らしいな、とも思った。


でも、水月の病気がわかった時でも水月は弱音を吐かなかった。

ただ、学校に来なくなり、誰とも関わらず1人でいる時間が増えた。

家族とはろくに言葉すら交わしていないらしい。


とても苦しそうだと思った。

甘えてこられた時、何をするのが正しいのか分からない。

でも、俺には水月を救うことは出来なかった。

ただただ、その姿を見ていることしか出来なかった。


もう兄には甘えられないのだろう。

裏切り者、だから。

兄妹たちの傷はいつからこんなに深くなってしまったのだろう。

そして、意味もなく呪いのように毎日心の中で同じ言葉を繰り返す。


痛いの痛いの、飛んで行け。



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