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1光年先の君へ  作者: 天然記念物
3/5

痛い

あ、と光が声を上げた。


「ねぇ、演劇やらない?」

「演劇…?」

「そう。サークルってほど大したもんじゃないんだけど、俺たち演劇やっててさ。この前いた2人と俺で。人数足りないんだよね。特に女子。仲のいい女子いないから誘えないし。水月、どうかな?」


私は慌てて首を振る。


「や、やらない」

「あー、忙しいか。部活とか。なに部?」

「…演劇部、だった」

「ちょうどいいじゃん!」

「でも、私何ヶ月も舞台に立ってない」

「大丈夫だって」

「駄目なの!」


私の大きな声に光は笑顔を消した。


「…なんで?」

「私はもうすぐで死ぬ」


彼が大きく目を見開くのがわかった。


「病気。腎臓の。腎臓移植しなきゃいけないけどドナーがいないの。だから私はもうすぐで死ぬ」


彼は俯く。


さぁ、君はどう思う?


ずかずかと私に聞いたこと後悔してる?


それとも憐れむ?


どうせみんな距離をとって私から離れていくんだ。


どうせ君も、離れていくんだ。


ほら、なんて答えていいかわからないでしょ?


私の口元は緩み笑っていた。

なのに、鼻がつーんとして涙が溢れてきた。

あ、泣いちゃう。

情けない、ほんと私は情けない。


「それがなんで演劇をやらない理由になるの?」

「…え」


予想外の言葉に涙が止まった。


「病気になってもうすぐ死ぬのは怖いことだと思う。だから、怖がっていいし、泣いていいし、怒ったって、逃げ出したっていい。何をしてもいい」


何、言ってるの…。


「だけど、それはやらない理由にはならない」


何故かもうなくなってしまったと思ってた心がまたなくなっていくような気がした。


怖い。怖い怖い。君が、怖い。


「俺は水月と演劇がしたい」


私は出された手を力一杯叩いた。


走った。走って、走って、走って走って走って。

もう誰もいないところへ行きたい。

誰かがいても私を知らない人のいない所へ。

ひとりで、寂しくってもきっと今よりは楽だ。


涙は冷たく私の頰を濡らす。


苦しい苦しい苦しい。

お願い。

もう、私に関わらないで。


息がとても苦しい。

だけど私は走り続けた。


家に帰ると母が朝食を作る音が聞こえた。

味噌汁の香りがする。

私は吐き気が込み上げてきてトイレに駆け込んだ。


「…ぅえっ……」


お腹には何も入ってないのに吐き気は続き胃液が出てきた。

しばらくして治り、洗面台で口を洗う。

鏡には痩せ細った少女がいた。

この子、誰だろう。


私はだるい重い身体を引きずるように部屋に戻ろうとすると母に声をかけられた。


「水月、おはよう。朝ごはん食べる?」


私の喉からは言葉は出ず、ひゅーひゅーという音しか出なかった。

ほっといてくれ。いなくなってくれ。早くいなくなりたい。


何とか首を横に振る。

階段を上がる途中父と出くわした。


「あ、おはよう。水月」


頭がぐるぐる回る。

警報を鳴らしている。

危険だ、逃げろ、と。

私は頷き、階段を登りきったあと急に疲れが出て座り込む。

自分の荒い息だけが聞こえる。

意識が遠のきそうになった。


「大丈夫!?」


兄だった。

兄は私の身体を支えてくれた。

だらん、と投げ出された手足はまるで自分のもののようではなかった。


「水月、大丈夫?今、母さんたち呼んで…」

「…やめて……」

「でも…」

「あんたたちが今更私に何してくれるってのよ」


兄はびくりと肩を震わせる。

自分でも思ってたより低く冷たい声が出た。

でも、もう止まらない。

止まることを知らない。


「裏切り者」


兄が絶望した顔をしているのを見て笑いがこみ上げてきた。

それと同時にああ、ひどいことを言ってしまったな、と思った。


「偽善者」


ああ、どうしようこのままでは…


「本当は私なんて死ねばいいと思ってるんでしょ!?」

「そんなこと…」

「あるよ!だからあんな結果なんでしょ?」


怒鳴りつけた。

兄は逃げ出したい、という顔をしていた。

私の怒鳴り声を聞いて慌てて両親が私たちの元に来た。


「どうしたの?水月」


母が私の肩を掴む。


「触るな!」


母を突き飛ばす。


「もう私はいらない!元々あんたたちは私を必要としてない!なのにあんな部屋作って、いっつも私に気を使って。優しくして。腹が、立つ」


黙り込んだ家族に私は小さく「死ね」という言葉を残して部屋に閉じこもった。


何故か光を叩いた手がとても痛かった。


あれから私は1週間外に出なかった。

トイレとお風呂は家族がいない時に済ませた。

ご飯も家族が寝ている時冷蔵庫から食パンを取り出して口に押し込んだ。

家族もそれに気づいたのか出来るだけ家に私が1人だけになる時間を増やした。

先生が来たが「気分が優れない」と言って帰ってもらった。毎日来るようになったから多分、兄から事情は聞いているのだろう。でも、彼は大人しく帰っていった。

私はずっとベッドに横たわって、息をしていた。


5時を過ぎた頃、ドアをノックする音が私に届く。

柊木先生だ。


「影山。柊木だ」

「…帰って」

「顔だけ、見せてくれないか?」

「気分が優れ」

「お願いだから」


少し強い言葉で遮られる。

だるかったがドアを開ける。

キィ…とゆっくりドアを開けると先生ともう1人の顔が見えた。


なんで、ここにいるの?


「…光」

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