春が散る
ねぇ、どうして声をかけてくれたの?
こんな奴誰も関わりたくないだろうに。
ねぇ、どうして一緒にいてくれたの?
一緒にいる理由なんてなかったのに。
ねぇ、どうして許してくれたの?
いっそのこと責めまくって欲しかったのに。
ねぇ、どうして手を離してくれなかったの?
離してくれた方がこっちだって楽だったのに。
ねぇ、どうして×××しまったの?
…約束、したのに。
あと1年で私は制服を着るとコスプレと呼ばれてしまう恐ろしい高校3年生になってしまった。
私の大きな部屋には大きいベッド、大きいテレビ、大きい本棚、たくさんの本、ずっと欲しかったけど「合格祝いか就職祝いに買ってあげる」と言われて買ってもらえなかったパソコンがある。
これは親から子への償いを表している。
いや、両親はまだ足りないと思っているのだろう。
だから、私に毎日何か欲しいものはないかと顔色を見ながら聞いてくるのだ。
ない、と答えると両親は不安そうな顔をした。
私はこの大きな部屋が空っぽだと思う。
そしてこの部屋はいずれなくなるだろう。
いや、このままにしておくのかもしれない。
今日は休みがちになってしまった学校に足を運ぶことにした。
あまりに休み過ぎると余計なことを考えてしまうし、そろそろ両親の心配の声もうるさく感じてた頃だったからだ。
制服に着替え、玄関を出ようとすると母が居間から出てきた。
「水月、学校に行くの?」
首を縦に振る。
母はとても嬉しそうな顔をした。
「お弁当、作ってるの。持っていって」
首を縦に振る。
母はとても嬉しそうな顔をした。
「車で送るわよ。少し待ってて」
首を横に振る。
母はとても悲しそうな顔をしたが、それ以上は何も言ってこなかった。
私も何も言わなかった。
よく学校に行くのかも分からない娘の弁当を毎日作るな、と思う。
私が学校に行かない日は母がお昼にそれを食べて、私には作りたてのものを持ってくる。
ただ、私はあれ以来あんまり食べなくなったので自分でも分かるくらい身体が痩せ細った。
学校に着いて上履きを履く。
なんだか久しぶりで自分だけが異世界から来たような気がした。
教室に向かうと女子3人組がドアの前で話していた。
「でさー…あ、影山さん」
「久しぶり〜。おっはー」
「体調悪かったの?もう大丈夫なの?」
ああ、そうか。知らないのか。
そりゃそうだ。誰にも言ってないんだもの。
「あ、うちら邪魔だったよね。ごめんごめん」
謝りながらどけてくれた彼女たちに大丈夫、と小さく返して教室に入る。
「なんか影山さん、雰囲気変わったよね」
「あ、わかる。なんか休みがちになってからだよね。暗いっていうか…」
「前まで明るかったのにね」
背中で聞く彼女たちの声から逃れたかったが背を丸めて窓際の自分の席に着いた。
何もすることがなく、窓の外で散ってゆく桜をぼーと眺めていた。
誰かが前に立っている気配を感じて視線を移すと同輩の沙良が立っていた。
「水月、今日は来たんだね」
出来るだけ沙良を見ずに頷いた。
「これ、何?」
突きつけられた封筒。
それは前学校に来た時に顧問に渡したものだった。
部長の沙良に渡されたのだろう。
「…退部届」
「どうして?私たち何か悪いことした?演劇が嫌になったの?」
どう返答するべきか悩んでいる時、担任の先生が教室に入ってきた。
沙良は軽く舌打ちをして自分の教室へと戻った。
「お、影山。来たか」
「…お久しぶりです」
私が休みがちな理由を知っている担任はそうか、と笑っただけだった。
「そうだ、影山。今日はみんなで大学に行くぞ」
「大学?」
「オーキャン。伝えてなくて悪かったな」
そう言って担任は出席と欠席の確認をしはじめた。
てっきり5時間目あたりから行くのかと思いきや1時間目から行くらしい。
バスでは誰も隣にいない席に座った。
行く途中はとても賑やかだった。
「どこ志望?」
「普通の大学」
「私は短期かな」
「俺、専門学校か就職」
「今から行くとこ先輩がいるんだよね」
「へぇ、そうなんだー」
などなど。
大学に着いて大きなホールで男性の話を聞く。
みんな将来のことを考えて真剣に聞いていた。
男性もたくさんのことを語った。
私は近くにいた先生に「お腹が痛い」とテキトーな理由をつけて抜け出した。
お散歩がてら歩いているととても綺麗な桜の木があった。近くにベンチがあったので腰かける。
ぽかぽかと暖かく、太陽の光が桜をキラキラと輝かせた。
周りの大学生もキラキラしてた。
いや、同学年のみんなもキラキラして見えた。
私だけが取り残されているようで。
私だけの時が止まっているようで。
気持ちの良い風にうとうとしてしまう。
「大丈夫?具合悪いの?」
男性の声。
顔を上げると心配そうに私見る男性がいた。
ここの大学生だろう。
「あれ、君…」
「…え、と。大丈夫」
「ホント?良かった。オーキャンに来たの?」
「うん。今サボってる」
「それはよくないなー」
「ちょっと眩しくて」
男性は太陽が眩しいと言っているのだと思ったのか私を影側へ連れて行ってくれた。
「北高だよね?俺も北高だったんだ」
「へぇ」
「今はここの2年生だけど」
男性は優しく微笑んだ。
12時を少し過ぎたくらいに生徒たちがお弁当を持ってうろうろし始める。
お昼ということか。
「あれ、お友だちと食べなくていいの?」
「友だち、いないから」
彼は私の手をひいた。
「じゃあ、俺と食べよ」
彼に連れられたのはお洒落な食堂だった。
「ここ結構うまいんだよねー。俺のおすすめうどん」
食券を買ってうどんを受け取り私たちは隅の方でお昼を食べることにした。
「北高の学食で何好き?」
「んー。………焼きおにぎり?」
「あ、あれうまいよな。俺、お腹空いたらよく2時間目終わったあとダッシュで買いに行って食ってたな〜」
「人気だもんね」
「そそ。すぐ売り切れんの」
彼はたくさん話をしてくれて、たくさん話を聞いてくれた。彼は私が時間をかけても答えるのを待ってくれていた。
「あれ、もういいの?」
私の半分以上残った弁当箱に視線がいく。
「なんか、味しないし」
彼は「ちょいとごめん」と言い私の弁当の卵焼きを口の中に放り込んだ。
もぐもぐ考え込むように食べていた。
「え、うまいじゃん」
「…うーん。なんかね」
私は口角を少し上げる。
「でも、大丈夫。お母さん悲しまないようにどこかに捨てるから」
「……」
彼は私から弁当箱を取り上げると口いっぱいにご飯を詰めこんで食べた。
「え、無理しないで」
「無理なんてしてないよ。捨てた方が可哀想だろ」
彼は空になった弁当箱を私の目の前に置く。
「美味かったです、って言っておいて」
「…わかった」
彼はまた笑った。
「おい、光。女の子のお弁当全部食べちゃうなんてひどいんじゃない?」
「うげ、良太」
少し小さめの男性が【光】と呼ばれた彼の隣に座る。
「ごめんねー。こいつ、よく食うんだよね。ほーんと手が早いんだから」
「誤解を招くようなこと言うなっ」
いちゃいちゃしてる2人を冷たい目で見る人物がいた。綺麗な顔立ちで華奢だったが背の高い人だった。
「おい、2人とも。次の授業取ってるだろ。行くぞ」
「はぁーい」
「湊、お前の幼馴染どうにかなんねぇの?」
「なんない」
「え、ひどぉい」
【良太】と呼ばれた人が私に手を合わせウィンクをする。
「お邪魔しちゃってごめんね。今度お茶でもどう?」
ちゃらい。
「黙れ。でも、君、オーキャンに来た高校生だろう。もう戻った方がいいと思うぞ」
「…わかりました。ありがとうございます」
「あ、俺、太田光。よろしくな、水月」
「…敬語、ごめんなさい」
「あ、気にしてたの?別にいいのに」
「でも、先輩だし…」
「じゃあ、俺たち友だちってことでいいよ。だから敬語もなし!」
「でも…」
「あ、遅れる!またな、水月!」
ドタドタと慌ただしく3人で行ってしまった。
私はその後なんとかみんなと合流して、残りの説明会を受けた。
そんな中、何故彼が私の名前を知っていたのか不思議に思ったが、同じ高校なら委員会でも一緒だったのかなと思い考えることをやめた。