曖昧な6日目
6日目が無駄に長くなったので幾つかに分けます。のでまだもうちょっと続きます。
人生初の朝帰り。翌日はしっかりと熱を出した。
当たり前と云えば当たり前。何時間も海岸に居て、海風に当たり続けたのだから。
唯納得出来ない事に、奴は全く以て元気だった。 確かに2時間ぐらい長く彼処にいたけど、それだけなのか。 私がひ弱になっただけなのか。
思わず溜息が漏れる。 泣き腫らした顔で帰ってきた私を見たお母さんは、黙って私を部屋に上がらせてくれた。 非道い顔だし熱も出てるし。 と云う訳で、今日は学校をお休みする事にした。
今日は金曜日だから明日と明後日ゆっくり休める。
「暇、だー……」
午前中はずっと寝てた。 お昼には薬も飲んだし、宿題もこっそりやって終わらせた。 読みかけだった本も読破した。
正直、もうやる事何て、ない。皆無だ。
午前中に寝過ぎてもうそんなに眠くない。夕方5時。昨日と、同じ時間。
ぼんやりとした思考のまま私の頭の中はプカプカと空想の波間を漂っている。
レイカさんは、どうしてるんだろう。アイツと今まで付き合ってきた女の人達は、今、何をして、何を考えているんだろうか。
取り留めもなく色んな事を考えて、そして、結局思い出すのは昨日の海での事。
「好きだ」 と云われて、私はずっと混乱していて、何も云えなかった。
そんな私を、あいつは何時間も黙って抱きしめていてくれた。 暖かかった。
波の揺れる音、重たくのし掛かる雲、通り過ぎる風。
冷たい世界の全てを、彼が私の代わりに受けていた。
「日付が変わった」と彼が小さく呟いた。
それからまた少し経ってからまた彼が口を開いた。
「いっつも、最後には、お前の所に戻ってた」
「………………? 」
「昔から、誰と付き合っても、誰と寝ても、誰の隣にいても、お前が頭の中に居た」
「………………」
ゆっくりと、噛み締める様に呟かれる言葉。 私はそれを他人事の様に聞いていた。
私の頭の中は海月みたいにプカプカと波に攫われ浮き沈みを繰り返していて。
これってホントに現実なのかな。 あぁ、遂に夢と現実の境目さえも分からなくなったのか、と思ったけど、違った。
今までこう云う展開なんてありえないって思ってすぐ打ち消してたから、どう云うリアクションをとればいいのか解らなかった。
「それが、なんかすっげぇ悔しかった。 特に、最初。 何にも意識しないで、唯云われたから取り敢えず付き合ってみようって思って、付き合ってた時。 なんか良く分かんないけど、お前が頭の中から消えなかった時。 なんか、うーん……お前に、負けた気がした、っていうか」
「………………」
「すんごい餓鬼臭いけど、なんかすっげぇ嫌んなって腹が立って。 だからソイツとさっさと別れて別の奴と付き合った。 でも、結果は同じだった。 それなのにお前は特に態度変えないし、それで、もっとココが」
見えないけれど、彼が心臓の辺りを叩いたんだろうと体に伝わる振動で悟る。
「疼いて、痛くて。そんな風な事思うのがなんか悔しくて、んでそんな良く分かんねー自分がもっと腹立たしかった」
小さく、懺悔の様に話す彼の腕に、少し力が入った。 水面に小さく映る影は重なっていて、それさえも境界線は曖昧。 普段なら鼓動が早まるのに、何だかとっても穏やかな気分で、されるがままになっていた。 互いの呼吸さえ曖昧に聞こえて、その事に更に安堵する。
「『それ』 が何なのかは、中学に入ってからやっと気付いた。 流石に多少は成長したから、な。 俺はお前に、妬いて欲しかった。 焦がれて欲しかった。 泣いて欲しかった。 んで気付いたら、お前を振り向かせる為に、俺は色んな女と一緒に居た」
「……やる事変に大人なくせに、中身がガキンチョすぎ、でしょ」
「云うなよ。 解ってんだから。……幻滅、したか」
「元から、してるよ。 色んな女の子、泣かせすぎ」
「……なぁ、今、お前が泣いてるのは、なんでなんだ?」
彼の腕に、更に力が入った。 苦しくなったから、顔を上げた。
今度は彼が私の首筋に顔を埋めていた。 首筋って云ってもマフラー越しだから、少し重たいと感じる程度だけど。
でも、彼は確かにそこにいて、私は確かに此処にいる。それだけは曖昧なんかじゃなくて、しっかりと、私達は世界の一部になっていた。
いや、きっと違う。きっと今此処に在る全部が、私達の世界なんだ。
だからこんなにも曖昧で、こんなにも儚くて、こんなにも惹かれる。
「……汚い自分に嫌気が差した」
「なんだそれ」
「で、どーして、私な訳。 それこそ、あんたなら選り取り見取りだったじゃない」
「さぁ。 ……なんでだろうな。だけどいつの間にか、お前になってた」
「……なんで、マトモに告白してこなかったの」
「云ったろが。 悔しかったんだよ。 単純に」
「…………じゃあ、なんで、今、更」
「家に帰ったらおばさんとお袋に説教されるし……。 それに、お前が泣きそうな顔してるって、電話で云われた」
「………………」
そっか、あの時あっちゃんが居たって此処に来て直ぐ云ってたっけ。とぼんやり思い出す。
それにしても、私の周りの女性はバイタリティ溢れすぎていると思う。特にお母さんとおばさん。絶対ご近所ネットワークフル活用だよあの人達・・・。と変な方向に思考がずれていく私の頭に、また、彼の声が響く。
ゆっくりと、波間に差し込む月明かりみたいに静かに、海に沈む私に紡がれる言葉に、耳が、心が、意識の全てが、攫われていく。
「それで、いてもたってもいられなくなって、電車で2時間。 だから俺は、お前が泣いてる理由を知りたいし、知る権利って奴がある」
「云った、よ」
「俺には良く分かんねーよ」
波の音と、お互いの呼吸だけ。 世界から乖離された様な、不思議な感覚。
私と彼だけの曖昧な世界。 遠くから車の音も聞こえて、その境界線さえ曖昧で、在るのかどうかも解らない。
日付が変わった事も、彼との関係も、未来も、よく分からない。あぁなんて、曖昧。
「教えてなんか、やるもんか」
そう呟いた後の記憶が、やっぱりすごく曖昧になっていた。
始発の時間に間に合う様に駅まで行って、私達は2人で、みんなの世界に帰って行った。
名前を入れずにやるのは本気で無謀だったなぁと反省しています。




