第7話 滅びの光
アリスティア・アグノス・ティア
どうせ近い将来、俺の姓を名乗ることになるんだから予行演習と思っておけばいいものを、バカ親のせいでティアティアになってしまった。
まぁコレはコレで可愛いからイイか……
「アリスティア・アグノス・ティア……さんですね、少々お待ちください」
受付のお姉さんが残りの項目に何やらチェックを入れている。
「はい、結構ですよ、それではこちらの魔道具に触れてください」
「は~い」
カウンターの横にある10cmほどの水晶玉が設置された魔道具に触れる。
『おい、それはなんだ?』
(ん? レベルを計る為の魔道具だ)
『レ……レベル?』
(レベルくらい知ってるだろ? どれだけ経験し、成長してきたかの目安となるモノだ、それを数値化するための魔道具だ)
『それくらい知ってるわ! それより冒険者にレベルは関係あるのか?』
(大アリだ、冒険者としてのランク付けに重要な要素だ)
『そう…… なんだ……』
魔王の様子がおかしい、レベルに嫌な思い出でもあるのだろうか?
「はい、もう結構ですよ、え~とアリスティアさん…… あ、スゴイ! 上限レベル99って初めて見ました! それで現在のレベルは1ですね…… …………って1!!?」
「え?」
『…………』
レベルとは経験を積み、それを乗り越えていくことで自然と上がっていく、普通は街の外へ出ること無く一生を終える人でも、成人(15歳)になる頃にはレベル10前後になってる。
貴族のボンボンや大商人の末っ子なんかがたまにレベル5とかだったってウワサになることはあるが……
「上限レベル99も凄いけど、それ以上に現状レベル1って私初めて見ました、3歳児でもレベル2~3はあるって言われてるのに……」
「ホント…… ビックリですねぇ……」
(おい変態魔王)
『…………』
(お前アリスをどんだけ甘やかしてきたんだよ?)
『し……仕方ないだろ! 外に出したら瘴気でアリスたんが病気になっちゃうかもしれないから!』
(だから15年間、監禁してきたと?)
『監禁じゃ無いわい! 箱入り娘として大事に大事に育ててきたんだい!』
お前がそのつもりでも、結局魔王城から一歩も出さなかったんなら監禁だろ。
それにしたってレベル1は異常だ、心の病気でレベルが上がらなくなる事があるらしいが…… もしかしたらそれだったのかな?
だとしたら結局病気にしてるじゃないか、やはりアリスは囚われの姫だ、勇者の俺が助けるのが運命だったんだ。
そしてアリスのあの異常な魔力、あれはレベル依存のモノじゃなく純粋な才能だけのモノだったのか……
それはそれで普通じゃない。
「コホン、レベル1でも冒険者登録は出来ますよね?」
「え……えぇ、問題ありません、ですが……」
「? なにか?」
「レベル1では試験をクリアできないと思いますし…… 悪い事は言いません! ヤメといた方がいいですよ?」
試験なんてあるの? 俺の時は無かったのに…… 勇者だから免除されてたのかな?
「お気遣いありがとうございます、ただこちらも止むに止まれぬ事情がございまして……」
「そう……ですか…… ダメだと思ったらすぐにギブアップして逃げてくださいね?
いや、いっそのことウチのギルドの女性冒険者を派遣しておいたほうが……」
受付のお姉さんが凄く深刻な顔をしてブツブツ言ってる、嫌な予感がする…… 一体何をさせられるんだ? まさかレベル1でドラゴン退治とかさせられるのだろうか?
「それでは闘技場の方へ、くれぐれも無茶はしないように!」
「は……はい」
―――
ギルドの裏には小規模な闘技場が併設されていた。
普段はモンスター同士を戦わせているらしい、もちろん賭けの対象だ。
他の街でもたまに見かける施設だ。
『魔族を戦わせて見世物にするとは……! 我も人間を攫ってきてやらせようかな?』
(幼女を攫って幼女レスリングとか幼女相撲とか幼女だらけの水泳大会とかする気か? このド外道め!!)
『何だその発想は!? やってもいないことで非難すんな!!』
だって魔王でロリコンだからさ。
「ほう、ずいぶん可愛らしいお嬢ちゃんが今回の挑戦者なのか?」
「ん?」
円形の闘技場の真ん中には筋骨隆々の大男が待ち構えていた。
「俺がアイン・ギルドのマスターをやってるテオだ」
「はぁ…… アリスティアです」
この筋肉男と闘うのだろうか? いや、それよりも気になることがある。
それは……
「おぉぉ! 挑戦者が来たぞ!」
「若い女だ! 若い女の挑戦者だ!」
「何年ぶりだよ! くぅぅ!」
「美少女の生贄キターーーッ!!」
闘技場は観戦者で満員御礼だった。
…………
今、生贄って言った?
よく見れば観戦者は殆ど男、わずかにいる女性観戦者はそんな男たちを汚物でも見るような目で見ている。
「ここアイン・ギルドの試験は単純明快! 指定のモンスターを倒せればそれで合格だ!
そしてコレがお嬢ちゃんのギルドカード、もし勝てたらコレはキミのモノだ、今日から冒険者を名乗っていいぞ?」
ギルドマスターがカードを見せつける様に振っている、始める前からギブアップしないよう焚き付けているつもりなんだろう。
「さあ! 本日の対戦モンスターをさっそく紹介しよう!!」
「「「うおおおぉぉぉぉお!!!!」」」
ここのギルドマスターは妙にテンションが高い……
そして観戦者たちも異様にテンションが高い……
「本日のモンスターは……
我らがアイン・ギルド・コロシアムのアイドル!!
中級モンスター! 痺れスライムのサワージェリー君だ!!!!」
「「「うおおおぉぉぉぉお!!!!」」」
飛び交う大歓声と女性観戦者の冷ややかな目……
ナニが起こるのか何となく分った。
ズルズルズル……
俺が入ってきた入り口の反対側にある扉から、2mはありそうな大きなスライムがゆっくり入ってきた。
つーか、痺れスライムってなんだ? そんな種類初めて聞いたぞ?
「さあお嬢ちゃん、キミは今からコイツと戦ってもらう!
だが心配はいらない! この子は試験用に品種改良されたスライムで人を捕食することはない!」
「でも他に大好物があるんでしょ?」
「フフッ! 鋭いな? そう! サワージェリー君は対戦者を痺れ毒で動けなくした後、丸呑みにして体内でゆっくりと「装備品を溶かして食べる」!! という特性があるんだ!!」
「うおおぉぉぉおおお!!」
「頑張れサワージェリーくーん!!」
「ヤレーー!! 全裸にしろーー!!」
さすがグランディア王国、国防費を使ってエロ拷問用モンスターを生み出すとは。
人類の技術力は既にこの域まで来ていたのか! ちょっと感動した。
『スマン勇者よ教えてくれ、あまりにもアホな事ばかり言っていて理解が追いつかないんだが……』
(要するにあのスライムは俺を丸呑みにして、装備を溶かし、アリスの裸体を衆目に晒そうとしてるんだ)
『なるほど、世界征服はやめて世界滅亡にチェンジするべきか?』
うん、こいつらだけなら俺も滅ぼすのを止めない。
『勇者よ……』
(あぁ、判ってる……)
今再び勇者と魔王の心が一致した!
「さあ! 試験開始だ!!」
バアアァァァ~~~ン!!
大きな銅鑼が鳴らされ試験が開始される。
「さあ行け! サワージェリー君!! お前の実力を見せてくれ!! そして俺達に夢を見せてくれ!!」
悪夢だ…… こんな奴がギルマスとは……
『我のアリスたんを汚そうとする愚か者どもよ!!
肉体だけに留まらず、その腐りきった魂までも灰燼に帰してくれよう!!』
こっちはこっちで激おこだ。
(気持ちは分かるが少し落ち着け、人を巻き込むなよ?)
『こんな奴ら死んでも誰も困らんだろ?』
(困らないけど人類圏で人を殺すとお尋ね者になる、それは困る)
『チィッ!! 劣等種共め! 命拾いしたな?』
やはり殺す気だったか……
(そんなワケだから効果範囲を絞ってあのスライムだけをぶっ殺す魔法を教えてくれ)
『ふん! 仕方ない…… 我に続け!
第十三神霊!
連綿と続く生命の鎖を断ち切る火よ!
その赤き光は全ての者にいずれ訪れる終局の光か!
なれば我は祈らん!
永劫の無だけが汝の救いであらんことを!』
「第十三神霊!
連綿と続く生命の鎖を断ち切る火よ!
その赤き光は全ての者にいずれ訪れる終局の光か!
なれば我は祈らん!
永劫の無だけが汝の救いであらんことを!」
ナンか長くね? それに詠唱自体が物騒だ。
『世界級魔術・天を衝く裁きの火!』
「世界級魔術・天を衝く裁きの火!」
………… 世界級?
呪文を唱え終わった瞬間、サワージェリー君を中心に巨大な魔法陣が出現した。
その魔法陣はあまりにも巨大で、闘技場のフロアには収まりきらず、壁を伝い、観客席の床を越え、建物の外、街を丸々飲み込むほどの巨大さだった。
「お……おいっ! なんだこれは!?」
「ま……魔法陣……なのか?」
当然、観戦者のみならず、魔法陣を目撃した住民全てが混乱する。
(おい、コレは…… なんだ?)
『魔法には威力や規模に応じた階級が存在するのは知っているな?
しかし人類が知り得るのは『初級魔術』『中級魔術』『上級魔術』『戦術級魔術』『戦略級魔術』の5階級のみ。
だが魔族の魔法体系にはさらにその上に2階級存在する。
それが『世界級魔術』と『神格級魔術』だ』
(つまりこれは……)
『そうだ! 愚かなる人類が知り得ない未知の魔法という事だ!!』
(ぅおいっ!! ちょっと待てッ!!?)
キュイイイイィィィィン
街から溢れ出るほど巨大に重なり合っていた魔法陣が交互に回転しながら猛烈な勢いでサワージェリー君目掛けて収束し出す!
『さあ…… 地獄の門が開くぞ?』
(不吉な事を言うな!)
カッ!!!!!!!!
街全てが真っ白な光に飲み込まれた……
―――
――
―
「……ッ …………?」
薄く目を開けてみる…… 今も目が眩まんばかりの強い光に照らされている。
サワージェリー君のいた場所には……
オオォォ…… ォォ…… オォォオォォォ…… オォオォォ……
光の柱が天を貫き昇っていた……
「こ……これは……」
『滅びの光だ、おっと、触るなよ? その光に触れたモノは全てが消える、物質も霊魂も魔力もあらゆるモノがだ。
人間に作られた憐れな魔物の魂も成仏してくれたであろう』
魔王は満足げに大惨事の光景を眺めている。
ゲシッ!
『グフッ!?』
「やり過ぎだバカヤロー!」
『おい! 言葉使い!』
「言ってる場合か!」
このバカ魔王を光の柱に投げ込みたい!
腰を抜かして光の柱を見上げているギルマスに……
「この光の柱に触れると死にますんで、誰も近づけないようにしてください」
それだけ伝えると、自分のカードを奪い去る。
街中の人間が呆然としている内に次の行動に移らねば! それは即ち……!!
俺達は逃げ出した。