第50話 追跡者
すっかり暗くなった街を一人足早に歩く。
街灯があるとはいえ暗くなると一気に人通りが減る。
コッ コッ コッ
コッ コッ コッ
『おい勇者』
(分かってる、つけられてるな)
店を出た直後から何者かに後をつけられている、それも1人じゃない複数だ。
(あのジジイの差し金か……)
無意味やたらと時間を掛けてたのは追跡者を手配するためだったのか?
やってくれる……
(やはりロリコンか)
『お前はロリコンロリコン言うが、アリスたんは成人してるからな?』
(ふむ、じゃあ仮にアリスが「この人と結婚したい」ってあのジジイを連れてきたらお前はどう思う?)
『殺す』
…………
質問が悪かったな、例え七三分けをした将来有望そうな好青年を連れてきてもコイツはきっと殺すと答えただろう。
『それでどうするんだ?』
(う~ん…… タダついて来るだけなら普段なら無視するトコロだが、このまま宿までついてこられると困る、出来れば排除しておきたいな。
なにか騒ぎを起こさずに相手を無力化する魔法って無いか?)
『また難しい事を…… 精霊魔法じゃダメなのか?』
(攻撃魔法はダメだ、希望としては物音を立てずに気絶させる魔法が良い。
『睡死択一』みたいに二度と目覚めないってのも困る)
『だったら初級魔術の『機能停止』でいいだろ、普通ならあまり成功率の高くない魔法だが、アリスたんが使えば百発百中だ』
マジか、そんな便利な魔法があったとは、やはり初級魔術は習得しておきたい。
(それじゃついでに……)
―――
魔王から事前に幾つかの魔法の詠唱を聞き出し準備完了。
追跡者はなかなか仕掛けて来ないので、あえて人通りの少ない暗い路地へと入る、要するにさっさと掛かってこいと誘ってるワケだ。
「お?」
狭い路地を右へ左へしばらく進むと狭い壁に囲まれた空地のような場所に出た、絶好の襲撃ポイントだ、誘ってたつもりだったが逆に誘い込まれたかな?
ス―――
俺の周囲を闇と同化する黒いマントを纏った大人が10人ほど取り囲む。
(この人数で足音すら立てずに…… コイツ等かなり手練れだな、大規模な奴隷売買組織の構成員か?)
『おい、間違ってもアリスたんを奴隷になんかするなよ?』
言われるまでも無い、アリスが奴隷になるという事は俺が奴隷になるのと同義だ、こんな美少女が奴隷になったら性奴隷ルート一直線間違い無し、断固お断りだ!
「驚かせてしまって済まなかったね御嬢さん」
「?」
驚いたことに黒マント集団の1人が話しかけてきた、こういう奴らは無言で仕事すると思ってた。
「我々の言うコトに大人しく従ってくれるなら身の安全は保障しよう」
うわ…… このシチュエーションでそんなセリフを信じる奴がいるのだろうか?
「それじゃ抵抗したらどうされちゃうんですか?」
「命の保障はしよう、身体に傷が残るようなこともない、ただ少しくらいは痛い目にあうかも知れないよ」
「そうですか…… では私も貴方達の命の保障はしましょう」
「なに?」
「現し世は其処に在れど目に映らず、光を従える者を捕らえること叶わず。
『上級魔術・陽炎の衣』」
ス―――
俺の姿は闇に溶け込み完全に視認できなくなる…… 奴らの纏ってる黒いローブなどとはレベルが違う、完全に見えなくなった。
「なっ!? 上級魔術!?」
「落ち着け! 目に頼るな! 音に意識を集中しろ、俺たちは元々闇に生きる者、音で全てを把握できる!」
ま、当然そうなるよな。
ここは間髪入れずに……
「静寂は時に人を癒やし時に恐怖させるだろう、神の前に傅く時、決して音をたてること無かれ』
『戦術級魔術・無音の支配者』」
――――――――
「―――――!」
「―――――!?」
その時世界から音が消えた。
まぁ世界は言い過ぎだが周辺から音が消え去った。
これで相手はこちらを認識する術を失っただろう。
ただこの魔法は周辺住民を無条件で巻き込んでしまう為あまり悠長にはしてられない。
さっさと片付けてしまおう。
前にいた人物に真正面から堂々と近づく、当然相手は気づいていない。
「落ちろ『機能停止』」
フッ― ドサッ!
黒衣の男は膝から崩れ落ちた、しかし音は響かず誰も気付いていない。
いや、仲間の状態くらい見てろよ、アリスは完全に消えてても、お前らは目を凝らせば見える状態なんだから。
(しかしこの魔法、詠唱が短いな)
『当然だ、超初級魔法だからな、魔法使いが一番始めに覚える魔法……とまで言われてる』
(こんなに便利なのに?)
『普通はほとんど成功しない魔法だからな』
確かに高確率でミスる魔法なんか普通のヤツは使わないか。
1ターン無駄になるから……
(今更だが機能停止って殺すって意味じゃないだろうな?)
『超初級魔法で相手を即死させられるワケ無いだろ? 単純に失神させるだけだ』
(それ聞いて安心した、と、言うワケで安心して他の奴らも機能停止してやろう)
非常に便利な魔法なんだが一つだけ不満がある、それは射程の短さだ。
最大射程でおよそ1m、魔法使いにこれだけ敵に接近させる魔法じゃ誰も使わなくて当然だ。
バタバタバタ……
敵が次々倒れていく、音は聞こえないけどね……
別に背後に回る必要もないから端から歩きながら近づいて順番に倒していく。
魔法使いが使う杖の中には射程を伸ばす種類のものもあるという、アリスに威力上昇・消費魔力低減の効果を持つ杖はほとんど意味がないから射程を伸ばす杖を選ぶのもアリかも知れないな。
1分もしない内に敵は全滅した…… 楽勝だな。
『さすがアリスたん! 惚れ惚れする!』
(よせよ、テレるじゃねーか)
『テメーの事じゃねーよ!』
あっそう
取りあえず無音の支配者を解除する、すると同時に周囲の民家からザワザワと人々の声が聞こえてくる。
軽くパニックを起こしてるヒトも居るようだ。
これは結構迷惑な魔法だな。
(さてと……)
俺は徐ろに倒れている男の懐を漁る。
『なにやってんだ?』
(ナニかこいつらの身元が分かる物持ってないかな?って)
『それ重要か?』
(重要、あと金目の物も持ってないかな?って)
『お前はホントにぶれないな』
――――
何やら立派な紋章が入ったナイフが出てきた、調べてみれば隣の男も同じ物を持っていた……
(このナイフ、妙に格式張ってるな)
『それがどうかしたのか?』
全員が同じ物を持っているのなら…… ただの奴隷売買組織とは思えない。
(他にも仲間がいる可能性がある、全員分の金品を強奪している時間は無さそうだ…… 残念だ)
『本音が出たな、お前のジョブってやっぱり勇者じゃなく盗賊だろ』
ナニ言ってんだろうね、この変態ロリコン魔王は? 勇者と盗賊は元々紙一重だ。
『ん? そのナイフ……』
(なんだ? なにか知ってるのか?)
『し…… 知ってるワケなかろう、人族の事など……』
そりゃそうか、人類領の地理すら知らないヤツだからな。
(チッ! 財布を持ってない、現金はポケットの1000ディルだけ…… シケてやがる)
『だからそのセリフやめろ』
それにもしコイツ等が裏稼業の人間じゃなかったとしたら現金には手を付けないほうがいいかも知れないな……
(仕方ない、ずらかるか)
『ん? 現金強奪しなくていいのか?』
(あぁ、端た金だしな、その方がいい気がする)
『ところで勇者よ』
(なんだ?)
『アリスたんの身の安全のためにも出来るだけ早くこの国を出るべきだと思うのだが?』
(ふむ…… それに関しては俺も同意見だ、だが……)
『だが?』
(お前と同意見ってのがなんかヤダなぁ……)
『言ってる場合か!!』
魔王の意見など勇者である俺が聞き入れる義理など無いのだが、コイツの言う通り出来るだけ早くこの国を出た方が良さそうだ、確実に狙われてるから……
(とにかく宿へ戻ろう、フィロを人質に取られたりしたら厄介だから)
『そこまでするか? フィロは勇者だ、その勇者を害するのは人類に対する敵対行為だろ?』
(敵の規模によってはそう言うコトもあり得るって話さ、あくまで念の為だ)
敵かあるいは住民か…… とにかく人が集まって来る前にその場を離れる。
もちろん透明化したままで。
(ところで魔王)
『なんだ?』
(周辺警戒用の魔法を覚えて無いお前がなんで透明化の魔法なんて覚えてるんだ?)
『…………』
(おい…… まさか透明化してアリスの風呂とか覗いてたんじゃないだろうな?)
『…………ッ!』ダラダラ
この変態ロリコンオヤジ!
『ち! 違うぞ! 確かに我はアリスたんの成長をこの眼で見たかった! その為にこの魔法を習得した! だが『緑柱眼』を持つアリスたんには一瞬でバレた!! だから覗いとらん! 未遂だ! 未遂だったんだ!』
必死に弁明する魔王…… しかしその言葉に信憑性は全く無い。
ここはアリスに変わって制裁しておくべきだな。
「お父様の変態! 大っ嫌い!!」
『ガハッ!!!!』
敢てアリスの声でハッキリ言ってやる。
『そ…… その顔で…… その声で…… そのセリフを言わない……で……』
例え中身が違うと分かっていても、アリスにハッキリ言われるとダメージを受けるらしい。
元の身体に戻った暁にはこの変態行為もアリスに密告ろうっと。




