第35話 12番目
フィロの案内のもと、頭上にある帝国の街に向かっている……
ナゼか護衛冒険者たちが後を付いてくる、非常にクサイ集団だ。
あの…… クサイんで付いてこないで下さい……
「しかし本当にゴブリンがいないな、昨日はあんなに溢れかえっていたのに……」
牢屋の崩落音を聞きつけやってきたゴブリンは1匹だけ、それ以外にはまだ遭遇していない。
「そんなのテレジア軍に奇襲をかけに行ってるからに決まってるじゃないですか」
「へ?」
「どっかの誰かさんからテレジア軍の開戦予定の情報を手に入れたんだから、それを利用しない手はないでしょ?」
「それは…… つまり……」
「そーですね、今頃外は大変なコトになってるかもですね」
それもこれもあんたの性癖が特殊過ぎた所為…… と、言うよりスパイを見抜けなかった見る目の無さの所為か。
「はぁっ!!」
「グギャァアーーー!」
気付いた時にはまた1匹のゴブリンが天に召されていた。
やったのは当然、先頭を歩いているフィロだ。
「アッチのお嬢ちゃんもこんなに強かったんだな……」
フィロは勇者としてはまだまだだけど、イスト大陸で活動してる冒険者に比べれば十分強い。
「こいつはどうかな…… クンクン…… 臭ッ!!」
匂いチェックをして涙目になってるフィロは見た目あんまり強そうには見えないけどね……
「フィロ、さっさと私たちの装備を取り戻そうよ」
「そうだね、うん、もうゴブリンには期待しない!」
今までゴブリンに期待してたのだろうか? 俺はアノ変態同居人を見た瞬間にコイツ等は相容れない生物だと理解したが。
「おっと、この通路を上った先が外だね」
フィロの視線の先にはかなり広めの通路がある、どうやら馬車ごと上って行ったらしい。
通路の先からは何も聞こえない、少なくとも帝国国土には攻め込まれて無いようだ。
緩やかな勾配の坂を上り突き当たりまで来る…… 蓋で完全に覆われてる…… 手動で開けるのかな?
「アリスちゃん、ここに魔石が埋め込まれてる」
「魔石?」
扉には琥珀色の石が埋め込まれていた。
『恐らく開閉用の魔法式の核になる魔石だ、魔力を流し込めば扉が開く仕掛けになっている』
(あぁ、アレか、王城とか金の掛かってそうな施設にはそういうのもあったな、でもゴブリンに使えるのだろうか?)
『ゴブリンにだって魔法を使える者は存在する、ゴブリン・ソーサラー、あまり数は多くないがな』
そうなのか…… 俺が昔、近所のゴブリンを絶滅させた時には見かけなかったと思うんだが…… 気付かなかっただけでソーサラーもいたのかな?
「アリスちゃんお願いしていい?」
「アレ? フィロって魔法使えないんだっけ?」
「使えないワケじゃ無いんだけど……」
何かワケアリか、だからこそ魔法使いの仲間を探してたんだし、全く駄目だった俺にはコメントをする資格が無い。
『勇者ってのは魔法が使えない奴が大半なのか?』
(そんな事は無い、剣よりも魔法の方が得意って奴もいるくらいだ、全く使えない俺の方がレアケースだ)
『なるほど、つまりお前は勇者の出来損ないなんだな』
(別にその認識でも構わないけど、お前はその出来損ないの勇者に半殺しにされたんだからな? 出来損ないの魔王)
『誰が出来損ないだこの糞ガキ!!』
自分で言い出したくせにキレるなよ、理不尽なヤツだなぁ……
「さて、それじゃ……」
『お前できるのか? 慈悲深い魔王様がやり方教えてやろうか?』
(結構です、これくらいはやり方知ってる、魔法は使えなかったけど魔力自体は持ってたしな。
あまりにもコントロールが下手くそ過ぎてそれを伸ばそうって気になれなかっただけだ)
『チッ!』
感じ悪いなこの魔王。
魔石に触れて魔力を流す、すると……
グ…… ググ…… ガゴン!!
扉は勢いよく開かれた!
『お前ホントに魔力コントロールがへったくそだな』
(うん、知ってる、だからそう言っただろ)
もっとコッソリ開けたかったんだが…… 周囲を警戒しながら外に出る、幸い近くには誰も居なかったらしい。
「ここは……」
「国の端っこ、外壁の側だね」
フィロの言う通りすぐ左側には高さ5mはありそうな外壁が建っている。
そして背後に目をやると、そこには数百mクラスの断崖絶壁が迫ってきていた。
「崖? 魔王はイボ痔帝国は崖にくっついているのか?」
「あぁ、崖の……さらに凹んでいる場所を見つけてそこに建国したんだ。
そうする事によって国を囲むのに必要な壁が通常の1/3程度で済む」
セコ…… だが理にかなってる。
この地形なら一方向からの攻撃に備えるだけでいい、崖に魔法兵や弓兵を配備すればなお良し。
なるほど、テレジア軍が義勇軍を募った理由がよく分かった、ここに突っ込ませる気だったんだ。
それにただ防御陣地としての価値があるだけじゃない、なんと言ってもココには数万匹のゴブリンが生息していたダンジョンがある、多分ホントに重要だったのはそっちだったんだろう。
「うわぁ…… 確かにこんな所に陣地を築ければテレジア相手でもイケイケになれるのも分かる気がする……」
フィロも…… 他のみんなも同様の感想を思っているのだろう。
だが……
(俺に言わせれば魔王はイボ痔帝国を潰すのは容易い)
『ハァ? どうやって攻め滅ぼすんだよ?』
(そんなの遠距離から大魔法や大型遠隔攻城兵器を崖に向かって使えばいい、そうすれば崖崩れが起こって一網打尽だ)
『お前…… なかなかエグいこと考えるな?』
(いや、たぶん痔主も同じことを考えてた、だからこそ国を創ったんだ、簡単に攻め込めないルールが有る国を。
それに国なら盗賊とは無関係な国民が暮らしている可能性も出てくる、都市国家群の戦争ルールでは一般人を巻き込むことは禁じられてる、後はダメ押しとして俺たち乗合馬車の乗客を攫い人質として追加したんだ)
『………… なんとも…… 人族とは小賢しいな』
(俺もそう思う、もっとも俺がテレジア軍の指揮官なら、それらの事実は知らなかった事にして攻撃させるがな)
『お前ッ!? 鬼畜か!?』
(いやぁ~、自分の味方や部下を失うくらいなら安全に敵を殲滅したほうがイイだろ?)
『……(お…… 恐ろしい、我は一番敵に回してはいけないヤツを敵に回してしまったのではないのか? 民間人もろとも敵を屠るなど…… そんなコトを事も無げに口にするとは……)
(こいつホントに勇者なのか? むしろ魔王の方が相応しい……)』
絶句している魔王を無視して俺達の乗ってきた馬車を探す……
「アリスちゃんコッチ、馬車が停められてるよ」
「ん……」
そこには俺達が乗ってきた馬車が3台停められていた…… それに護衛たちが乗ってた馬も。
「私たちの乗ってた馬車は…… コレだっけ?」
当然だが御者も乗客も居ない、もぬけの殻だ。
「あぁっ!! 無い!!」
「ん? どうしたの?」
「ボクのシィル=レイドが無いよっ!!」
「あ~…… 戦争やってるんだもんね、良い武器が持ってかれるのも当然と言えば当然か」
俺の安物の杖も無い、あんなモノ持っていっても大して役には立たんだろ?
「そ…… そんなぁ」
「諦めないで、取り返せばいいんだから」
「そ、そうだよね! うん! 取り返そう!!」
「まぁ…… 柄の部分が臭くなってるかも知れないけど……」
「ッ!!!」
ガクッ!
フィロが膝を付きうな垂れている…… 余計なこと言っちゃったかな?
まぁ神聖銀には浄化能力がある、しばらくすれば匂いも消えると思うけどね。
どうしてもダメなら俺が浄化魔法を掛ける。
ん? だったら何で臭い剣を使い続けているフィロを浄化してやらなかったのかって?
それはゴブリンの匂いがしていれば同種に警戒される事無く近付けるからだ。
だからフィロには我慢してもらって臭い剣を使い続けてもらったんだ、それにフィロを浄化したら他の連中まで魔法掛けてくれって言い出すに決まってる。
「うぅ…… 頑張れボク! 後で死ぬほど洗えばきっと大丈夫さ!
それじゃ人質になってる人たちを助けて逃がそう!」
「う……うん」
それよりも気になることがある、街の中にはゴブリンは元よりヒトの姿が全く見えない。
盗賊もみんな戦闘に出てるのだろうか?
しかし数万のゴブリンという兵力があるならわざわざ出る必要もないような…… 魔物使い以外がゴブリンを指揮できるハズないし……
「みんな聞いてくれ!」
デイビスが久々にリーダーシップらしきものを取ろうとしてる…… 普段「ママー♡」とか言ってるんだぜ? あの顔で……
「この国は崖に接しているため出入りできる門が南側に一箇所だけしか無い!
人質の存在を外の軍に見せつけるためにも牢屋は門の近くにあるハズだ!」
そうだろうか? 俺なら人質は外壁の上に並べて縛りつけておくが……
そんな時だった……
何かが頭上を通り過ぎ一瞬影が走った。
「どうしたの? アリスちゃん」
「いま…… ナニか通らなかった?」
空を見上げると何かがこちらに降ってくる…… 炎の塊のようにも見える……と、言うか、ファイヤーボールにしか見えない。
ドガアアアーーーン!!
ファイヤーボールは俺たちのすぐ近くに着弾した。
「危なっ!! 攻撃された!?」
『おい! 上に誰かいるぞ!』
上空に人影が見える、魔物だろうか? しかしイスト大陸には空を飛ぶ魔物はいないハズ…… いるとすればアーポーペンくらいかな?
ヒュルルルルル~!
「また撃ってきた!」
『勇者! 続け!』
「『聖霊の光は魔を寄せ付けず、影は力を打ち払う、その守護の前に災厄は消え失せるだろう』
『上級魔術・聖守護壁!』」
俺達の上に光の膜が現れる。
バシュゥッ!!
1/100の威力でもファイヤーボール程度なら問題なく防げるな。
「とにかくアレを叩き落とそう」
「あ、アリスちゃん、ちょっと待っ……」
「『風精霊追尾弾!』アイツを叩き落とせ!」
上空の大気をかき乱してやる、それだけで敵は簡単に落ちてきた…… ショボ
「ぬあああぁぁぁああ!?!?」
ガインッ!! ゴインッ!! ドサッ!!
あ、聖守護壁に当たってバウンドしてから落ちた、痛そう……
「お……おのれ…… 味な真似を…… 許さんぞ盗賊め!!」
空から落ちてきた男は勢い良く立ち上がった、アレ? どこかで見覚えがある顔だぞ?
「もしかして…… イカロス兄様ですか?」
フィロが落ちてきた男を見て呟く。
「フィロの知り合い? てかフィロっておにーちゃんがいたの?」
いや、フィロが第13勇者を継いでる以上、アウダークス家の第一子のハズだ、おにーちゃんがいるハズない。
「あ~…… そうじゃなくって、この方は第12勇者のイカロス・サロス・アエル……様なの」
あぁ…… そう言えばこんな奴もいたな。




