第30話 誰にも知られてはならない
トレオ第二衛星国とトレオ第一衛星国の中間地点……
そこで俺達は襲撃を受けた。
「盗賊だぁー!」
周囲を哨戒していた冒険者が声を上げる。
野営の準備でも始めるかというタイミングで盗賊の集団が現れた。
このタイミングに多少の違和感を感じる…… それに盗賊の数も少ない、こちらは護衛の冒険者が8人いるのに、相手は6人しか見当たらない、ゴブリンみたいに伏兵を用意しているのだろうか?
「たった6人? シモンズ達は周囲の警戒を頼む、残りは盗賊の殲滅だ」
デイビスがメンバー5人を引き連れて盗賊たちの前に出る、6対6だ。
「…………」
いや、オカシイだろ……
護衛冒険者は言ってみれば対盗賊のスペシャリストだ、盗賊が勝つには少なくとも3倍の数は用意しないと話にならないだろう。
しかし盗賊たちの表情に恐れや迷いの色は一切見えない、完全にリラックスしてる、つーかヘラヘラしてる。
あの顔は勝ちを確信している顔じゃない、そもそも戦うつもりがない顔だ。
あいつらナニしに現れた?
「………… 様子がおかしいな、みんな油断せずに掛かるんだ」
やはりデイビスも違和感を感じているようだ、そうだよな、明らかにオカシイ。
「デイビス……」
「どうしたクロエ? キミは奥……っの!」
?
デイビスの指示が唐突に止まった。
見ればクロエと呼ばれた女剣士がデイビスに寄り添っている。
一瞬「イチャつくなら別の所でしろよリア充がッ!!」とも思ったのだが様子がおかしい。
よく見れば……
キラン!
デイビスの首筋にはナイフが突きつけられていた。
「ク…… クロ……エ?」
「デイビス、無駄な抵抗は止めなさい」
「クロエッ!? テメェ一体なにを……ッ!?」
すぐ近くで惨劇を見ていた冒険者がクロエに飛びかかろうとする、しかしそれはできなかった。
「動くなッ!! 動けばあなた達のリーダーが死ぬわよ?」
「くっ!」
「は? え? な……なにが……?」
「?? は??」
「なに? なん……で??」
乗客も御者も、ついでにフィロも混乱の渦中にいる、それはそうだ、護衛冒険者が突然仲間割れを始めたんだから。
「な……なんなの? え? あれ?」
「フィロ、分からない?」
「え? え? え?」
「あのクロエって人、ブランディッシュのメンバーじゃなく盗賊だったんだよ」
「え? 護衛…… 盗賊…… 副業?」
副業って……
「違うよ、何年も前から潜入してたんだよ、いつか油断しているトコロを後ろからブスッと殺るために」
「え? だって? 仲間じゃ……」
ダメだな、まだ理解が追いつかないらしい。
『おい、どうするんだ? コイツら皆殺しにするのか?』
魔王は相変わらず殺して事態の解決を図ろうとする、確かに手っ取り早いんだけどね……
(様子見だな、非戦闘員の人質が多すぎる)
『んなもん見捨てろ、自分の身は自分で守るものだろ?』
(ごもっとも、でも金持ちの人質を見殺しにすると後々面倒事に発展する……かも知れない)
後ろの馬車の家族は貴族ってワケじゃ無さそうだが、それでも金持ちは色々なコネを持ってるからな。
『もしアリスたんの身に危険が及ぶようなら……』
(分かってるよ、貴族より自分の方が大事だからな、その時は遠慮なくやらせてもらう)
盗賊に捕まった美少女が辿る運命と言えばアレしか思いつかない。
アレだよアレ、超古代文明的に言うところの「やめて…私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに」……ってヤツだ。
確かに美少女が薄い本みたいな展開に合うトコロを見てみたいとは思うが、自分がされる側で参加するのは絶対に御免被る!
「甘く見るなよクロエ」
「?」
「俺達はプロだ! 護衛対象を危険にさらすことは出来ない、例え俺が殺されようとも……だっ!」
デイビスの言葉で怯んでいた仲間達の目に意思が戻った。
例え仲間を犠牲にしてでも馬車を守り抜く、それが護衛ってものだからな。
だが……
「甘く見てるのは貴方の方よ?」
「なに?」
「私が何年ブランディッシュに潜入してたと思ってるの? 貴方がそう言う事は予測済みよ。
その上で私が何故こんな行動をとったか分からないかしら?」
「どういうことだ?」
「フフッ♪ 貴方の赤ちゃんp……」
「うわあああああああああああああああああああああっ!!!!」
ビクッ!!?
デイビスが突然大絶叫を上げた!
やめろよ突然大声出すの、アリスの身体はビビりなんだから心臓に悪い! ドキドキ
「ク、クロエ!! 貴様ッ!?」
「フフッ♪ どうなってもイイのかしら?」
「うっ……! くぅっ!!」
デイビスが崩れ落ちた…… クロエが手を引かなければナイフで首がかき斬られて他トコロだぞ?
「みんな…… 済まない! 降伏してくれ!」
懇願されてしまった…… こいつ護衛失格だなぁ……
「リーダー! なんで……ッ!」
「赤ちゃんが……どうとか言ってたが……」
「まさかっ!!」
…………
「子供が人質にとられてるの? なんて卑劣な……ッ!」
「リーダー…… 子供がいたのか…… クソッ!!」
護衛たちは武器を降ろし、御者と乗客は文句を言うコトも出来なかった。
…………
いや、チョット待て!
みんなは聞こえていなかったみたいだが、確かに赤ちゃんの後に「プレ」って言っていた。
これは俺の予想だがデイビスは子供を人質になど取られていない、てか多分子供なんていない。
人質に取られたのはきっとデイビスの「性癖」だ……
アイツはクロエ相手に赤ちゃんプレイをエンジョイしてたんだ!
アレだな、バブみを感じてオギャるってヤツだ! 違うか?
「よーし野郎ども! 残りの乗客と御者を丁寧にアタシたちの国へご招待してあげな!」
クロエが仕切ってる、あの女が盗賊のリーダーだったのか。
「それとそこのお嬢ちゃん達は特に丁寧に扱いな、間違っても手を出すんじゃないよ? 魔物のエサにされたくなければね?」
「え? ボクたちのコト?」
「…………」
『フッ! 盗賊共もアリスたんの高貴さにアテられたらしいな?』
(いや、そうじゃないだろ)
『あぁん?』
(アイツ等はアリスの魔法使いとしての才能を必要としてるんだよ、つまり仲間に引き入れようとしてるんだ)
本来、俺達を守る役割を担うハズだった護衛、そのリーダーの人には言えない性癖の所為で盗賊に捕まってしまった……
―――
――
―
ガラガラガラ……
俺達は馬車ごと盗賊たちに盗まれた、一体ドコに行くつもりなんだ? アタシたちの国とか言ってたけど、まさか魔王はイボ痔帝国に行く気じゃないよな? 戦争間近ならテレジア軍がとっくに街道を封鎖してるはずだし……
周囲は既に暗くなっている、ドコを走ってるのか全くわからない。
ちなみに俺とフィロ、それに護衛冒険者には枷が嵌められてる、戦闘能力がある奴を放置するワケないよな。
だが扱いは違う、フィロや冒険者たちは木製の板で挟み込むような形で両手首を固定されている。
罪人とかが嵌められる手枷と一緒だな。
一方俺の方は細い金属製の輪っか一つだ、ブレスレットっぽい、当然両手も自由に動かせる…… コレって枷か? なんなのコレ?
「ん? なんだいお嬢ちゃん、魔法使いのクセに「魔法殺しの枷」を知らないのかい?」
「魔法殺しの枷?」
御者台に座ってたクロエが馴れ馴れしく話しかけてくる……
馴れ馴れしいなコイツ……
「魔法殺しの枷を嵌められた者は魔法の威力が1/100になっちまうのさ」
「1/100?」
「そして枷を外せるのは魔法使いだけ、当然嵌められた本人以外だよ?」
「なるほど…… 魔法使いにとってはコレ以上無いほどの“枷”ってワケね」
確かに魔法の威力が1/100になったら精霊魔法や初級魔術はほとんど意味を成さないだろう。
そう思わせておいた方が都合がいいな。
「それで? こんなモノまで付けてドコに招待する気なんですか?」
「さっき言ったろ? アタシたちの国へって」
「戦争間近の国へ盗まれた乗合馬車で入国できるでしょうか?」
「あぁ、その事なら心配ご無用さ」
お前らの心配なんかしてねーよ!
俺がしてるのは常にアリスの心配だけだ!
「おっと、そろそろだな、ドコかにしっかり掴まっといた方が良いよ?」
「?」
ガタガタガタッ!!
「うわっ!?」
馬車が突然大きく揺れだした。
この揺れ…… 街道を外れた? 道を通らず夜の闇に紛れれば帝国に辿り着けると思ってるのだろうか? できるワケない、それが分からないほどバカとも思えないんだが……
いや、それよりも揺れがヒドすぎる!
(ティッペ、シッポ)
『はっ!? ちょ、ちょっと待て! お前まさかまた……ッ!?』
問答無用でティッペのシッポに腰掛ける……
「キューーー!?!?」(ぎゃああああああ!!)
…………
う~ん、こんだけ派手に揺れるとティッペのシッポ程度では大したクッションにはならないな。
全く、役に立たない魔王だ、シッポより胴体の方に座ったほうがクッション性は上かな? さすがに中身がこぼれ出そうだからやらないけど……
でもまぁ薄っぺらいシッポでも無いよりはマシか。
我慢して座ってやる。
「キュー!キュー!キューーー!!」(ぎゃああああああ!!)
馬車が大きく揺れる度にティッペが叫ぶ、ウルサイぞ!
こっちも我慢してるんだからお前も我慢しろ!
―――
――
―
ガタン!!
「?」
あれからどれだけ走っただろうか? ほんの数分だったかもしれない、少なくとも何時間も激しい揺れに襲われてはいない。
多分30分くらいだろうか? 最後に一度大きく揺れると今まで感じていたヒドイ揺れは収まった。
しかし馬車が止まったワケではない、街道に戻ったのだろうか?
そう思い馬車の外を覗いてみるが、相変わらず真っ暗だ…… だがナニかおかしい。
馬の前方を照らすためのカンテラから漏れた光が壁を照らしている。
「壁? 洞窟?」
そう言えば馬の足音や馬車の音も僅かに反響している。
『おい!』
ん?
『もう揺れは収まったんだから…… 降りろ!!』
おぉ! そう言えばティッペのシッポに座ったままだった。
アリスに座ってもらってるクセに早く降りろとは…… 魔王もまだまだ鍛え方が足りないな。
その後もその真っ直ぐな洞窟を進み続ける…… これ坑道なのか?
「さぁついたよ」
「?」
ヒルダの声とともに馬車は坑道を抜け広い空間に出る。
ブワァーッ!
「うっ!?」
一瞬だけ強い風に吹かれた、目を開くとそこには…… すり鉢状の巨大な地下空間が広がっていた。
「ようこそ『魔王はイボ痔帝国に』」
…………
その名前はやっぱりダメだよ、国民は恥ずかしくないのかね?




