第2話 ピンチ
「スースーする…… これ転んだら後ろの人に丸見えになるな」
『ふむ…… ならば我が後ろを歩きガードしよう』
「却下! お前のサイズじゃちょっと見上げるだけで全部丸見えになる、この変態エロオヤジめ!」
『ぶ、ぶ、ぶ、無礼者め!! 我はアリスたんの父親だぞ!! そんな卑猥な目で娘を見るか!!』
自分の娘を「たん」付で呼んでる時点で不信感MAXだよ、なにせ魔王だ、いつ性犯罪に走っても不思議はない。
とは言え、アリスの身体に慣れてないのは事実だ、歩幅も違うし筋肉量も段違いだ。
それでも魔王に局部を凝視されながら歩くのは絶対に嫌だ。
「そう言えばこの辺って魔物は出るのかな? あまりそういった気配は感じないが……」
手ぶらで森の中を歩くのは危険だな、美少女が半裸で森の中を歩いていたらどんなイベントが起こると思う?
きっとゴブリンとかオークが現れて慰み者にされるんだ、冗談じゃない!
近くのやぶの中から適当な棒を引っ張り出す。
「う~~~っん!」
木刀の代わりにもならない歪んだ棒だったが、俺ならこんな棒でもトロルくらいなら一撃で殺せるだろう。
「さて、取りあえず人里を探すか」
『うむ、背後は我に任せよ!』
当然こんな変態エロオヤジに背後を任せる気は無い。
ガシッ!
『へ?』
シッポを掴んでそのまま持ち上げる。
『コラ! なんて持ち方してるんだ! せめてアリスたんみたいに肩とか頭に乗せて……ッ!』
「うるさい」
シッポを掴んだままグルグルと振り回す、傍から見れば動物虐待だが実際は魔王討伐だ。
『コラ! 止めっ! ぉえ…… は……吐くっ!!』
ガサッ!
「!?」
そんな時だった、泉の脇の藪から物音が聞こえた。
ココは水場だ、動物が来たっておかしくない…… しかしそれは人間やモンスターにもいえる事だ。
「おぉ!? なんだぁ?」
姿を現したのはいかにもザ・山賊って風体の汚らしい男三人組だった。
「チッ!」
「なんだなんだ?」
「おいおい、ずいぶんと可愛らしいお嬢ちゃんじゃねーか!」
「おぉ!? 水浴びでもしてたのか? コイツは運が良いや!」
最悪だ…… 男たちは俺の…… というよりアリスの身体を下卑た目でジロジロ見てくる。
その視線に思わず寒気がよる、お姉さんならともかく男が俺をエロい目で見るな!
「仕事が上手くいった上に、ご褒美まで用意されてるとはなぁ、俺達って日頃の行いが良いみたいだぜ!」
「おいおい、よく見ろ、コイツは今まで見たコトも無いような上玉だぞ? 傷つけずに捕まえて変態貴族に売った方がいい金になるんじゃないか?」
「これだけの上玉だ、先に調教しといた方が喜ばれるぜ? どっちにしろ処女かどうかも調べなきゃいけねぇしな」
どうしよう…… コイツ等スゴイ殺したい…… 俺のアリスを調教しようとかふてぇ野郎だ!
『よし! 許すぞ勇者よ! この糞虫より劣る輩どもを地獄へ叩き落とせ!』
わざわざ魔王様のお許しなんか要らないよ、自分の身を守る為にもコイツ等は始末する。
そのつもりで男たちに向かって一歩を踏み出した……
……つもりだった。
「え?」
足が動かなかった…… ナニか移動阻害系の魔法でも使われたのかと思ったが、男たちは学も品性も無さそうだ、魔法が使えるようには見えない……
ではなんで足が動かない? 実は一つだけ心当たりがある。
それは恐怖…… 勇者の力に目覚めて以来、もう長らく感じていなかった感情、感覚…… 今俺の足は竦んで動かないんだ。
…………
なんで? あの程度の相手なら10歳当時の俺でも簡単に倒せるのに?
「お~い、あまりビビらせるなよ? 可哀相に震えてるじゃねーか」
「え?」
言われて初めて気が付いた、棒を持つ手がガタガタ震えているのを……
泉に落ちて寒いから……じゃない。
「う……うあああああぁぁぁあ!!」
大声を出して竦んでいた足を無理やり動かす!
その勢いで先頭に立っていた男に斬りかかる!
「はあっ!」
パシッ!
ジャイアントゴーレムすら一撃で屠れる勇者の斬撃をアッサリ受け止められた!
「筋はなかなか良さそうだな、何か習ってたのか? だが膂力が圧倒的に足りない」
「あ……」
そういう事か…… 震えているのは俺じゃない、アリスだ。
アリスの身体が本能的に男たちを恐れているんだ。
「ほれ」
「あっ!」
棒を無理やり取り上げられた、握力も悲しい程に弱い。
そして足に力が入らずそのまま前のめりに倒れ膝をついた。
「痛っ」
『ナニをやっとる!! アリスたんの身体に傷でも付けてみろ! お前の魂を消滅させるぞ!!』
(無茶言うな! 身体がまともに動かないんだ! お前アリスに運動くらいさせておけよ! この子運動不足過ぎる!)
『! そうか、中身はアホ勇者でも身体は繊細なアリスたんなんだな、アリスたんに脳筋アホ勇者の動きが再現出来るワケない!』
誰が脳筋だ! ……と、言い返したいトコロだが、あながち間違っていないからムカつく。
『だったら魔法を使え! 身体がアリスたんなら最強魔法だって使えるハズだ!!』
魔法? おぉ! そうか! 俺は魔法が苦手で全然使えないからその発想は無かった!
だがアリスは魔法のエキスパートだったんだ!
「へっへっへっ、そんなに怯えなくても最初は優しくしてやるぜ?」
「あ…… あぅ……」
『何やってる! さっさとせんか!』
(いや…… 俺魔法全然使えないからどうすればいいのか全く分かんない)
『まったく! 世話の焼ける!! 右手を前に突き出して我の後に続いて呪文を唱えろ!!』
(お…… おう!)
『水の裁きを受けよ!』
「み……水の裁きを受けよ!」
『初級魔術・水精弾!』
「初級魔術・水精弾!」
右手の先に突然水球が発生し、それはみるみる大きくなっていく……
え…… ちょっと待って…… デカくね?
「なっ! 何だこりゃッ!! ガボボボボボ!!?」
水球は先頭に立ってた男を丸ごと飲み込んでしまった。
しかも尚も膨張を続けている…… 下級魔術の水精弾は俺も昔練習した事があるけれど、俺の時はウズラの卵程度の大きさしにかならなかったぞ?
「なっ! なっ! なっ! なんじゃこりゃ……ッ ガボッ!?」
「あっ…… あっ……!!」
水球は5m程まで成長し、2人目を地面ごと飲み込んだ。
『ほりゃ、撃ち出せ! もう1人も絶対に逃がすな!』
「おぉう…… え~と……発射?」
ドゥン!!!!
巨大水球は通常の水精弾と変わらない速度で発射された。
「ぎゃあああああーーー!?!?」
バキバキバキッ!!!! パシャッ!!
水球は3人目の男を飲み込み、周辺の木々を巻き込みながら10m程進み弾けた。
『む? 射程が短いな? ヘタクソめ』
ウルサイ、こっちは魔法使うのほぼ初めてなんだよ。
「しかしコレは……」
自分の目の前から約10m先まで大きく地面がえぐれ、水球の水が溜まりちょっとした池みたいになってる。
…………
ちょっと気持ち良かった、これが魔法を使う感覚か。
―――
「うぅ~~~~~ん……せっと!」
水球の池に浮かんでる3人を引き上げる。
『なにやっとるんじゃ? まさか助ける気なのか? そのゴミクズ共は我のアリスたんを下卑た目で見おった、死罪に相当する大罪だぞ?』
「俺だって助けたくて助けるわけじゃない、俺のアリスをエロい目で見た罪は死を持って償われるのが相当だと思ってる」
『………… 今なんつった? あ? 俺のとか言ったか? あぁん?』
「さぁ~て、何のことやら」
小動物がクリックリのつぶらな瞳でガンを飛ばしてくる、面倒だからスルーする。
『チッ まあいい、我としてはそやつ等の息の根を止めたいところだがな』
「バカいえ、敵を倒したらアイテムや金が手に入るのは勇者の常識だぞ」
『おぉ、そういう事か』
《アリスティアは盗賊の服を手に入れた!》
「ん? クンクン…… !?」
《アリスティアは盗賊の服を投げ捨てた!》
「臭ッ!? こんなもん着れるか!!」
『考えが甘かったのぅ』
「くそぉ、前に盗賊退治した時は服を奪おうなんて思わなかったから気付かなかった。
今にして思えばアイツ等のアジトって異臭がしてた気がする…… アレって毒ガストラップとかじゃなかったんだ」
『勇者って色々やってるんだな』
しかし参ったな、こんな女はっぱ隊みたいな格好で人里に近づいたら、また同じような目に会いかねない。
そんな目に合うくらいなら我慢してクサイ服を着るべきか?
「ん?」
よく見れば茂みの中に比較的きれいな白い袋が落ちている、恐らく山賊の持ち物だろう。
広げてみると中には金銀財宝が入っていた。
「ドコかから盗んできたのか、仕事が上手くいったとか言ってたがコレのことか」
袋は真っ白なテーブルクロスだった、多分忍び込んだ屋敷とかで現地調達したんだろう。
…………使えるかな?
盗賊のナイフを使いクロスの真ん中に穴を開けて被ってみる。
…………
てるてる坊主になった。
『かわいくないのう…… いや、それはそれで可愛いんだが……』
「同感だ、せめて腕が出せるようにするか」
『だったら肩ひも部分を細くしてキャミワンピっぽくしてみては?』
「おぉ、悪くないな、後は腰のあたりを紐で縛って……」
『おお! なかなか良いではないか! お主やるのう!』
―――
大分マシになった、所詮は間に合わせだから見窄らしいが、それでもはっぱ隊よりは遥かにマシだ。
ロングスカート風だからどこぞのセックスシンボル並みの強風を真下から喰らわない限りスカートがめくれることもない。
コレなら街でも目立ちはするだろうが、下卑た視線を向けられることはないだろう。
後はテーブルクロスの余りを足に巻き、靴下代わりにする。
そして盗賊の毛皮のベストを無慈悲に切り裂き靴下の上に巻き即席の靴にした。
足元はコレで我慢しよう。
「う…… うぅ……」
「ん?」
パンツ一丁にして縛り上げた盗賊の1人が気付いたようだ、ちょうどよかった。
「お目覚めかな?」
「ヒィッ!?」
ヒィッ……って、さっきとは立場が逆になったな。
「人里がどっちにあるか教えてくれるかな?」
「あ……アッチの方角に2時間も歩けばアインの街がある」
『アインの街…… 知っておるか?』
(いや…… 初耳だ)
だが歩いて2時間なら大分近い、それは幸運だったな。
荒野とか砂漠のど真ん中に飛ばされてたらきっと死んでた。
「はい」
「?」
男の足元にナイフを放り投げる。
「手足を拘束しているヒモは自力で切って、追いかけてきて復讐するなら止めないけど…… 次は手加減しないから」
「ヒィィィ!!」
これだけ脅しておけば追いかけてこないだろう、正直来て欲しくないし。
「さて、それじゃ行くか」
「キュッ!?」
ガシッ!
小動物のシッポを掴んで歩きだす。
『ヤメ! シッポで持つな! 持ち手じゃねーんだぞ! ケツが超痛い!! ヤメーーーッ!!』
目的地、アインの街目指して歩き出した。