第16話 ヒッチハイク
この章から前作と同じく隔日更新になります。
フィロと旅を始めて1週間。
まだ都市国家群の入り口だ、徒歩による旅路だから仕方ない。
勇者特権のお陰で資金を温存したまま国境越えを出来たのはいいが、長い旅になるなら必要なものはたくさんある。
テントに寝袋に防寒具に食料に生活必需品…… 魔法で代用が聞く物を差し引いてもかなりの出費だ。
当然馬を買う金など残らない。
てか、フォルティスの軍資金は残り5万ディルを切っている。
かなりヤバイ……
シーザー大橋を渡った先の街、南ブリジスで少し稼ごうかとも思ったのだが、あの辺は魔物も少なく実入りの良い仕事がない。
何よりもグランディア王国から一刻も早く離れたかった。
美少女魔法使いのウワサはあの時点で国外まで広がっていた、グズグズしている場合じゃない。
そして最大の問題は……
「はぁっ! はぁっ!」
「アリスちゃん大丈夫?」
「だ…… 大丈……ぅぶっ!」
アリスの深刻な体力不足だ、旅路が遅い。
さっき7~8歳位の子供を連れた旅人に普通に追い越されていった……
そしてその旅人たちは既に視界から消えている。
荷物はフィロが持ってくれてるんだがあまり意味がない。
「うぅ…… こんなところで足を止めてる暇は……ない……」
『アリスたん頑張れぇ~! いや、アリスたんに無理させんな!!』
どっちだよ…… ツッコむ元気もない。
頭では分かってても身体はなかなか動かない。
南ブリジスで買った安物の杖に体重を預けて無理やり歩き始める。
金は無かったんだが魔王に『あまりにも魔力制御がド下手だから戦闘用の杖でも買え、少しはマシになるかもしれん』と言われ安物の魔法使いの杖を買ったんだが、ずっと歩行補助に使われるだけで戦闘で使用したことはない。
この辺りもモンスターのエンカウント率が非常に低い、グランディア王国が1%なら、この辺は3%といったトコロか……
これならクマとかの野生の獣の方が遭遇率が高いんじゃないか?
実にのどかだ……
魔王を半殺しにした男がこんなのどかな場所で体力のない自分と死闘を繰り広げている……
「ア…… アリスちゃん、1回休もう? せめて魔法使ったら?」
1回でも休んだら、たぶん明日の朝まで起きない。
それに魔法を使っても疲れは癒えるかもしれないが、体力は回復しないから一時しのぎにしかならない。
それでも一応使っておくべきか……
呼吸すらダルくなってきたし……
ガラガラガラ……
その時、後ろの方から音が聞こえた。
『おい、後ろから何か来るぞ』
(あ?)
最後の力を振り絞り振り向くと、一台の荷馬車がこちらへ向かってくるところが見えた。
チャンスだ!!
「フィロ……」
「ん? なぁに?」
「アレ…… ヒッチハイクして……」
「ヒッチハイクって……あぁ、あの馬車……
ヒッチハイクするならアリスちゃんがしたほうが良いんじゃないかな?」
出来れば自分でやってる。
アリスが親指を立てれば、たとえ大名行列だって「Hey!彼女♪ 乗ってかなぁい?」とか言ってくれるハズだ、ただしそれはアリスが死にそうな顔をして無ければの話だ。
残念ながら今の自分には微笑む余裕すら無い。
「ボクじゃ……止まってくれないよ」
フィロが自信なさ気に呟く。
そんな事はない、フィロは間違いなく美少女の部類に入る、伝説の勇者が伴侶に選んだ女性の子孫なんだ、美しくないハズがない! 俺が一夫多妻制を手に入れた暁には絶対美人を選ぶからな!
だが比較対象がアリスだから必要以上に自分を低く見積もってる気がする。
『フハハハハハ! 当然であろう! 世界の至宝たるアリスたんと、木っ端勇者を並べるのがそもそもの間違い!』
ウルサイ…… 念話が他の奴に聞こえなくてよかった。
だがこの感じ悪い魔王にはお仕置きが必要だな。
「だ…… 大丈夫…… 道端に女の子が倒れてたら大体の人は止まる……」
「え? 倒れて?」
それだけ告げると前のめりに倒れる……
『ん?』
ちなみに転倒予想地点には魔王が居る。
『うおおおぉおおーーー!!?』
魔王は慌てて逃げ出す、だが遅い!
せ~のっ!
「ふんっ!」
ブチッ!
『うぎゃああああぁぁぁぁぁーーー!!』
ティッペをクッション代わりにして倒れることになった。
威力は全力頭突き相当だ、潰れたかな?
『な…… なに……するんじゃ……われぇ……』
チッ! 生きてたか……
(偶然だ偶然、アリスの顔に傷がつかなくてよかった、お前のおかげだな)
『グフッ! いや、いやいやいや! お前「ふんっ!」って言わなかったか? ゲホッ!』
潰れたクッションの抗議は無視して、あとはフィロに任せる。
「ああぁぁあ!? アリスちゃん大丈夫!?」
ガラガラ……
「どうしなすった? お嬢さんがた?」
「え?」
―――
――
―
馬車に乗っていたのは人の良さそうなお爺さんだった、多分頼めば普通に乗せてくれたと思う、下手な小細工など必要なかったな。
そのせいで1匹の使い魔が天に召されてしまった……
『召されてねーよ』
さっきより少しだけ胴体の辺りが薄っぺらくなった気がする魔王が抗議する。
なんだ、生きてたのか……
「ありがとうございます! 本当に助かりました!」
「ほっほっほっ、そう気にしなさんな」
「いえ「受けた恩は必ず返せ」がウチの家訓なんです、ボクに出来る事があったらなんでも言ってくださいね?」
そんな家訓あったっけ? ウチの家訓は「敵が弱っている時を叩け」なんだが……
同じ勇者の家系でも、アウダークス家の家訓とティザー家の家訓は違うらしい。
「そうかい? だったら護衛でも頼もうかね? その格好を見るに騎士か何かだろぅ? もしモンスターが出てきたら守ってもらおうかな?」
「はい! 任せてください!!」
爺さんもこの辺でモンスターが出てくるとは思ってないだろ、その証拠にここまで護衛なんかつけてなかった。
要するにタダでイイってコトだ。
しかしフィロは元気に周囲の警戒を始める、真面目だなぁ、ついでにアリスの護衛も頼むよ。
ドタコン魔王から守ってくれ。
「アリスちゃんは休んでていいよ」
「ゴメン、お言葉に甘えさせてもらいます」
チームリーダーの勇者が働き、魔法使いは昼寝する……
俺が逆の立場だったら魔法使いを蹴り起こしているトコロだ、もっとも魔法使いがアリスレベルの美少女だったら話は別だが……
ガラガラガラ……
荷馬車には山盛りの干し草、それをベット代わりに馬車に揺られていると実に気分が良い。
おぉ! 身体が沈む、このフィット感、これは人をダメにする干し草ベッドだ、天気もイイし凄く眠くなる。
せっかくお許しも出た事だし、じっくりと体力回復をさせてもらおう……
―――
――
―
ガタン!
「ん……ん?」
馬車が大きく揺れた、そして心地よかった揺れも止まっている、完全に停止している。
目を開けると木漏れ日が差し込む場所だった、いつの間にか森の中にでも入ったのだろうか?
ここが目的地? 快適だったからこのままカルネアデス神聖国まで行って欲しかったんだけどなぁ……
「お……お嬢ちゃん! 無茶はいかんぞ!」
「大丈夫ですお爺さん! ココはボクに任せて下さい!」
フィロの勇ましい声が聞こえる、まさかたった3%のエンカウント率を引き当てたのか? どんだけ運が悪ければそんな確率引くんだよ?
しかし魔物なら解体して素材を持っていけば金に換えられる、ある意味ラッキーと言えないこともない。
「ふぁぁぁああ~~~ぁ……」
目を擦り、アクビをしながら体を起こす……あ、ダメだ、起きれない、身体が起き上がることを拒否してる…… もういいや、このまま周囲を伺う。
すると馬車はすっかり囲まれていた……
モンスターでは無く盗賊に……
そうだった、この辺はモンスターより盗賊の方がエンカウント率が高いんだった。
くそっ! これじゃ素材の剥ぎ取りが出来ないじゃないか! いや、憂さ晴らしに生皮でも剥いでやろうか?
「へっへっへっ、こんなお嬢ちゃんが護衛かよ?」
「見ろよ、この嬢ちゃんやる気だぜ?」
「あぁ、だがよく見てみろ、装備はかなり質が良さそうだ、アレはそこそこの値段で売れるぜ?」
「それにこの嬢ちゃん、割と可愛い顔してる、コイツも売れるぜ」
「ラッキーだったな、なんか金目の物でも奪おうと思ってたら、こんなオマケがついてくるなんて」
盗賊ってのはどこの国でもあんな感じなのかな? 美少女を見ると下卑た笑みを浮かべる。
まるで昔の俺のようだ…… いや、俺は顔には出さなかったけどね?
「こんな大人数でたった一人のお爺さんを囲んで略奪をしようとするなんて! あなた達! それでも人間ですか!」
フィロはなんて言うか正義感が強い子だな。
でもその認識は間違ってる、奴らのターゲットは既に君に移ってるよ?
「へぇ~、面白いお嬢ちゃんだな、良し分かった! お嬢ちゃんが俺達の命令に逆らわなかったらそこのジジイは見逃してやるよ」
「そ…… それは…… 本当ですか?」
あれ?
「あぁ、お嬢ちゃんさえ手に入ればジジイに用は無い」
「………… 分かりました」
おいおい……
「ダメじゃ! 逃げろお嬢ちゃん!」
「ボ…… ボクは大丈夫ですからお爺さんはそのまま行ってください」
なんかドラマ始めちゃったよ、多分爺さんと俺を一緒に逃がすつもりなんだろうけど、目撃者をそのまま逃がすほど盗賊は甘くないぞ?
つーか少しは抵抗しろよ、それとも護衛対象を逃してから戦うつもりか?
「行って!」
バチィン!
「ブヒィィィィイン!」
フィロは剣の鞘で馬のケツを叩き無理やり走り出させた。




