第12話 北ブリジス
真夜中、俺は馬を全力で走らせる。
普通ならこんな時間に馬で全力疾走したら命取りだが、頭上で今にも砕け散りそうな結界が放つ光のお陰で周囲は明るい。
逃げると決めたなら後は迅速な行動あるのみだ。
混乱状態の城からこっそり抜け出し、近衛騎士団が使ってる馬を一頭パクる。
これは護衛の報酬として貰うので犯罪ではない、ただ許可を得ていないから怒られるかもしれない……
なのでアリバイ作りってワケじゃないが、同じ場所に繋がれていた馬を何頭か放して適当な方向へ走らせた、これで馬が勝手に逃げ出して一匹だけ見つけられなかったと誤認してくれればありがたい。
せめて俺がこの国を出るまでは……
王都を抜けると流石に真っ暗で、馬を全力で走らせるのは危険だった。
そこで光の魔法で道を照らそうと思ったのが間違いだった……
またやり過ぎてしまったらしい……
頭上では小型太陽のような光源からサンサンと光が降り注ぎ、周囲1kmくらいをバッチリ照らし出していた。
目立ちすぎだ!
小型太陽は移動しても常に頭上をキープしてる、まるでスポットライトだ。
しかし出してしまったものは仕方ない、その明かりを頼りに全速力で王都を離れた……
途中、背後から何かが割れるような音と巨大な物が地面に落ちるような轟音を聴いた…… きっと気のせいだ。
エクステイン街道
王都ディエスから国境まで伸びるグランディア王国の大動脈。
初代勇者シーザー・サロスの持っていた聖剣エクステインからその名がつけられた……
剣の名前と街道の名前にどんな因果関係があるのかは不明だ。
とにかくこの国で最も人の往来が激しい道だ、夜はたまに盗賊が出るくらいで全く人がいないのだが、昼間は祭りでも始まるのか?ってくらい、人で溢れ返っている。
そんなトコロを近衛騎士団の馬で美少女魔法使いが駆け抜けていったらイヤでも噂になるだろう。
なので昼間は裏道を通りながら時折り休みを入れて進む。
スピードは落ちるが仕方ない。
ちなみにこの逃避行はほとんど休みを取っていない、疲れたら馬ごと回復魔法で疲労を取り除いている。
さすがは近衛騎士団が使ってただけあってかなりいい馬だ。
スピード・スタミナ共に抜群、売っ払ってしまうのが勿体無いくらいだ。
しかしどんなに魔法で誤魔化しても疲れは溜まる、主に精神的なものだ。
「しんど…… さすがにそろそろ限界か……」
馬もへばる間隔が短くなってきた、コレ以上無理しても効率が悪いな。
しかし近くに宿場町があるとは限らないなし……
『な…… ならば結界を張って…… 休むがいい…… 我もさすがに……限……界……』
ちなみに魔王さまはお仕置きってことで馬の足に縛り付けておいた。
コイツの重みのせいでバランスが狂いスピードが落ちたかもしれないな。
なに邪魔してくれてんの? このクソプラトンが!
「結界? 貼れるのか?」
『う……む、呪文はこうだ……
我らを害する者を拒絶する、守護聖霊の御名において。
中級魔術・守護聖霊結界』
―――
足元に直径5m程の魔法陣が現れる。
『この結界は外からは透明な空気の壁しか見えず、中を確認することは出来ない。
近づいて触られでもしない限り、結界があることすら気づかれないだろう』
だが中からは外が丸見え…… こんな便利な魔法があったんだな。
『それからもう一つ、浄化魔法を掛けておけ』
「浄化魔法?」
『上級なら身体や衣服の汚れも綺麗にしてくれる』
そんな効果もあったのか、あの時は風呂上がりだったから気付かなかった…… こんな便利な魔法があるならもっと早く言えよ、使えない魔王だ。
魔王を結界の外に放り出し、寝ずの番をさせようとしたんだけど……
なんか……
死にそうだからヤメといてやる。
勇者の慈悲深さに感謝しろよ?
―――
――
―
「ん……」
なんか…… 明るい? あぁ、朝まで寝てしまったのか……
日が暮れたら起きて出発しようと思ってたんだけど、自分でも気づかない内に疲労が溜まっていたらしい。
ここまでだいぶハイペースだったから、一晩くらい許容範囲かな?
目を擦りながら身体を起こすと……
「…………」
「…………」
誰かと目が合った!
「うわぁっ!?
かっ…風を司りし精霊よ! えぇっと! 汝の名は風精霊なり!
風精自在!!」
目の合った人物をちゃんと確認せずに魔法攻撃をかます。
ドドドドドドドドドッ!!
撃ってから気づいたが結界の周りには10人以上の人が集まっていた。
てゆーか、詠唱かなり端折ったんだけどちゃんと発動したな、魔法ってこんな簡単だったっけ?
『な! 何事だ!?』
「はぁー! はぁー! わ……わからん……」
結界の外を見てみると、倒れているのはみんな汚らしい格好をした男だった、最近良く見るファッションセンスだ。
「と……盗賊か?」
『そのようだな』
結界の周りに倒れてるのは盗賊の集団だった。
「どういう事だ? 結界を張ってれば外からは見つからないんだろ?」
『確かに見つかることはない…… しかし結界は間違いなく存在している、触ればガラスの壁みたいな感触があるんだ』
つまりココに見えない何かがあるから探ってたんだ、目が合ったように感じたのは俺だけ、向こうは見えてなかったんだな。
起き抜けに醜い顔が視界に飛び込んできたから思わず攻撃してしまった。
俺がビビったというよりアリスがビビったんだな、心臓が止まるかと思った。
外から中への干渉は不可能だが、その逆は可能なのか……
どうやら死者は出てないらしい、風聖霊は賢いな、俺の意図をちゃんと汲み取ってくれる。
『しかし驚いたな、中級魔術の結界を盗賊如きが見つけ出すとは、魔法使いでもいれば話は別だが……』
「足跡だよ」
『足跡?』
「馬の蹄の跡がここで途切れているのを不信に思ったんだろう」
『なるほど、人間の盗賊も侮れんな』
まったくだ、草の上に残った蹄の跡でここまで追ってこれるとは……
やはり見張りは必要だな、次からは魔王をこき使おう。
―――
そんなハードスケジュールな旅を1週間ぶっ続けで強行し、ようやく国境の街「北ブリジス」に着いた。
馬屋で旅の相棒を売っぱらう、さらばロシナンテ(仮名)お前のおかげで助かったよ、いやマジで。
ロシナンテ(仮名)は別れを惜しむように嘶く…… そんなに懐かれる要素あったかな? かなり扱き使った記憶しかないが……
どちらにしても馬を連れて国境を越える事は出来ない、名残惜しいがココでお別れだ……
……と、思ったのだがココで想定外の事態が発生!
よく見ると馬の尻に焼印のようなモノが押されていた、コレは恐らく近衛騎士団の紋章だろう……
コレはマズイ…… こんなモノを売り払ったら一発で足が付く……
仕方ないので馬は野に放してやることにした、誰か良い人に拾ってもらうんだよ?
もっとも焼印がある以上、いずれは近衛騎士団に戻る事になるだろうが……
そして……
『おぉ~! コレが例の運河か、どちらかと言うと海峡とか峡谷のようにも見えるな』
魔王の感想はあながち間違っていない、今の御時世、この運河を通る船はない。
だいたい運河と呼ぶには少しデカすぎる。
運河の脇に立って下を覗き込むと深さは150mを超え、広さは場所によっては最大3km以上にも及ぶ。
そしてわざわざ一番幅が広い場所に掛けられているのが峡谷唯一の橋、シーザー大橋なのだ。
『いつかこの国を襲う時は、この橋を押さえるのが重要になりそうだな』
魔王は未来を妄想している…… 妄想するのは自由なんだが……
「お前この国に攻めて来るつもりか?」
『当然だろう! 我の野望は世界征服なんだからな!!』
「お前に人生(龍生)を狂わされた哀れな兄弟分が眠る地なのにか? お前確か「せめて静かで安らかな眠りを」とか言ってなかったっけ?」
『うぐっ! ぐはぁっ!!』
パタ……
魔王さまノックダウン、思った以上に打たれ弱い、大体今のセリフは呪文詠唱の一文だろ。
そもそも世界の9割を支配した初代魔王もここは越えられなかったんだ、正直コイツにそれが出来るとは思えない……
倒れた魔王を無視して視線を左の方へ向ける……
そこには長さ3kmのシーザー大橋が架かっている。
「んん?」
よく見れば検閲が行われる建物の前に長蛇の列が出来ている。
もともと人の往来が激しいこの橋では割とスムーズに通り抜けられてたハズだ。
建物のそばに寄り、コッソリ中の様子を窺う、すると……
「キミ、クラスは「女魔法使い」か、済まないがこっちへ来てくれ」
「え? え?」
1人の女魔法使いが検閲官に捕まってた。
「わたし…… 何も悪いコトしてないです……よ?」
「いや、今国境越えをする女魔法使いを全員調べるようお達しがでててな、問題なければすぐに終わるよ」
「は……はぁ……」
不安げな表情を浮かべる女魔法使いは奥の部屋へと連れてかれた。
「…………」
あの検閲官が変態で、奥の部屋でエロい事でもしてない限り、目的は俺を見つけることだろう。
もしかして指名手配されてる?




