最終決戦
「ここまでだな魔王よ……」
薄暗く、荘厳な装飾で飾られた魔王城の謁見の間…… そこで勇者テレスが膝をつく魔王プラトンに向かって言い放った。
「無駄な抵抗は止せ、最初からお前に勝ち目など無かったんだ」
「……下等な人間風情が! この程度でもう勝ったつもりか?」
この状況においても魔王の目は死んでいない、それどころか憤怒の炎に染められている。
「なにも生命まで奪おうとは思わない、ただ未来のために封印はさせてもらうがな」
「クックックッ…… 見縊るなよ小僧! 我は誇りある魔王の血族に連なる者! 生き恥を晒すつもりはないぞ!」
交渉は決裂…… テレスは最初から話が通じる相手だとは思っていなかった。
だが一人の少女の願いにより一応交渉しただけだ。
「もうヤメて下さいお父様! これ以上は……っ!」
声を上げたのはこの場に似つかわしくない可憐な少女、豪華なドレスを身に纏い肩に小動物を乗せている彼女は魔王プラトンの娘アリスティアだった。
「そうはイカン! もはや魔王としての地位も矜持も関係ない!
なんとしてもこの男だけは殺さなければならない!」
「お父様っ!!」
怒りに狂った魔王に娘の言葉は届かなかった……
「アリス…… 下がってるんだ」
「テレス様……」
「怒りで我を忘れている…… アイツをこのまま放っておいたら俺達はもちろん世界にも未来はない……」
「テレス様っ! でも…… でもっ!!」
「もう止められないんだ…… アリスの声ももう届かない」
「っ…… はい……」
アリスティアは悲しそうに目を伏せる、こうなってしまってはもう仕方がないのだ。
「女神カルネアデスより賜りし封神術式を展開する!」
そう言ってテレスが懐から取り出したのは、宝珠がはめ込まれたペンサイズの小さな杖だった。
魔法が苦手な勇者のために女神が用意してくれた切り札である。
「三十二式封印術と六十四式結界術を並列起動!」
その言葉に呼応するように、魔王を中心に複雑な魔法陣が展開される。
「クッ! クックックッ! この時を待っていたぞ?」
「なに!?」
魔王が不敵な言葉を吐いた、しかし封印術式と結界術式は既に展開されている、その魔法陣の中心にいる魔王には外側への干渉は不可能なハズ……
だがテレスは言い知れぬ不安を感じていた……
ここまであまりにも順調に事が運び過ぎていたのが原因だった。
「女神カルネアデスならばきっと我を封印するという選択をすると思っていた。
ここは我の居城! その為の対策も当然練ってある!」
まさか!? 女神の封神術を破る手があるとでも言うのか?
しかしこちらもココまで来たら止めることなどできない、ならば女神の封神術と魔王の策、どちらが上か勝負するしかない!
ヴォン!
「!?」
その時、謁見の間の壁に埋め込まれている宝珠が光りだした。
「ここは我が居城と言ったであろう? 備えはしておいて当然だ!」
「ちっ!」
こうなったら魔王の策より先に封印するしかない!
「百二十八式封神術『無限牢獄』!!」
「禁断魔法『魂の円環』!!」
勇者と魔王の術式が発動する!
しかしテレスは直感的に理解った。
(魔王の術が先に決まる!?)
「勇者テレスよ、永遠の闇の世界で苦しむがいい!」
「くっ!?」
「ダメ!! ヤメてぇー!!」
その時、勇者と魔王の間にアリスティアが飛び込み、テレスを庇うように立ち塞がった!
「ちょっ! アリスっ!!」
「なっ!!?」
勇者と魔王はアリスを巻き込まないよう術式を閉じようとする、しかしあまりにも際どいタイミングだったため完全停止にはいたらず、結果……
カッ!!!!
術式の完成直前に無理やり捻じ曲げた2人の術が干渉し、謁見の間すべてを飲み込んで光の彼方へ吹き飛ばしたのだった……
「ア……アリスーーーッ!!」
「ぬわーーー!!」
「テレス様ーーー!!」
「キュルーーー???」
グランディア王国の外れ……
静寂の森
魔物もほとんど生息していない緑豊かな森の中、その森にある小さな泉の脇で誰かが倒れている……
『目覚めよ勇者よ……』
「…………」
『目覚めよ勇者よ……』
「う…… うぅ……」
『目覚めよ勇者よ……』
「う~……」
『目覚めよ勇者よ……』
「んん……」
『目覚めよ勇者よ……』
「…………」
『目覚めよ勇者よ……』
「あ……と…… 3……時間……」
『いい加減に目覚めろ! このアホ勇者!!』
「うぉおっ!?」
突然強烈な突風に体を持ち上げられ、数メートル飛び泉へダイブさせられた。
ドボーーーン!!
ブクブク……
「プハーーーッ!!
いきなりナニするんだぁー!!
…………って、アレ?」
取りあえず頭の中に語りかけてきた声に対して怒鳴り散らす。
だがすぐに気付く…… 現状がなにもかもオカシイ……
まず第一にナゼ森のなかにいる? 魔王城近くの森は赤いフィルムを通して見たような赤黒い樹と黒に近い葉で構成されていた、こんな鮮やかな緑じゃない。
だいたい空気が清浄だ、魔王城周辺は瘴気で空気が淀んでる。
第二に目の前で行儀よく座っている小動物…… イタチにコウモリの羽がついたような胴長短足小動物、アリスの使い魔だった…… 名前は…… なんだったかな?
第三に自分の声が妙に高かった気が…… てか完全に女の子の声だった、耳に水でも入って摩訶不思議な反響でもしたのかな?
頭を振って耳から水を追い出そうとする…… すると目の前にキレイな金髪が垂れてきた……
…………
俺の髪はもっと茶色い…… なんだコレ?
ふと足元を見てみる……
『コラテメェ! 下を見るな! コノヤロー!!』
頭の中に声が響くが無視する。
目の前にオッパイがあった、それも結構巨乳だ…… おかげで足元は見えなかった。
「この色…… この艶…… この形…… アリス?」
『なんでテメーがアリスたんの胸を知ってんだ!? マジでぶっ殺すぞ!!』
外野で雑音がウルサイがそんな音は頭に入ってこない、これは一体どういうことだ?
自分の手を動かしてみる、その手は小さく、指は細く、キレイなピンク色の爪…… どう見ても女の子の手だった。
これはつまり…… そういうことだ。
「俺…… アリスと身体が入れ替わってる?」